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~何合目?~

昨日は山の日という祝日でした。
近年の祝日はハッピーマンデーで月曜日にすることが多いのに、この山の日は8月11日に固定です。祝日が無い8月に祝日を作るのと、お盆休みと組み合わせて連休を取ってもらう意図が見えます。海、山と来たので次は祝日の無い6月に「空の日」ができるのでしょうか。
山の日は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」日ということです。

私は高校時代山岳部でした。


もっと言うと父親がアマチュア登山家級の山好きの人間で、物心つく前から山登りをしていました(させられていた)。父は80歳になる直前に日本100名山を全て登り、若いころは雪山で遭難して救助隊に救助され、ときに山頂で盲腸を発症し自力で下山して助かり、日本の山の写真を見ればほどどの山か当てられ、マイナー雑誌「新ハイキング」に記事を投稿する、一般レベルを超えた山好きです。
そのため、私はハイキング、ピクニック程度の山歩きを越えた登山を子供の頃からしてきました。


よく覚えていませんが、小学校1年生のとき往復10時間歩いて巻機山(まきはたやま)という山を登頂し、当時最年少記録じゃないかと山小屋の人に言われました。


最初は家族4人で行っていたらしいのですが、母親が行かなくなり、姉も行かなくなり、小学校半ばには父と二人だけで山登り。小学校高学年になると、夜行列車で向かい、新聞段ボールに敷いて外で仮眠をし、始発のバスに乗り登山口まで行く。2畳に人間3人が寝るような山小屋に泊まり、早朝4時に出発。山小屋が混雑してトイレの前の廊下で寝る。山を縦走しながら山小屋を替えながら3泊する。などをした記憶があります。


どれだけ体力がついても父親のペースにはついて行けないのでただただ苦しかった思い出です。

 

正直な気持ちとして、山は楽しいとか、中高年で登山を始める人がいるとか、ちょっと感覚が分からないのです。山は大きくて深くて大変で、人間に対して圧倒的な存在。山深い中に立ち、視界の中で身に着けているもの以外一切の人工物が無い状況。道路も、街の明かりも、電線も、植林すらない環境に立つと怖さすら感じます。軽い山歩き程度ならいいのですが、経験も設備も乏しいのに深い山に入り遭難する人もいるわけです。生半可な気持ちで取り組むと痛い目をみると思います。

 

中学に入って父との山登りはしなくなりました。もしも続けていたら登山家になったのかもしれませんが、山を登る楽しさよりも大変さが上回りました。それでいて、高校生になると山岳部に入るのだから不思議なものです。


小学校時代の4年間を水泳教室に通い、そこそこ競泳はできる状態だったので、中学校は水泳部に入りたかったのですが、中学に水泳部はありませんでした。高校では水泳部がありますが、学校にプールが無い。プールのない水泳部はいかがなものかと思い、迷っているときに山岳部を見つけ、小学生の経験から山岳部を選んでしまいました。
高校の山岳部では部長をさせてもらい、同世代と山に登る楽しさを味わうことができました。父はメジャーな山が好きではないらしく(散々行って面白くないようで)、あれだけ山登りをしましたが、一度も富士山に登ることはありませんでした。高校の部活で初めて富士山を登頂し、とても感動したものです。

 

 

さて、世の中では人生を山登りに例えるひとがいます


以前、セミナーであなたは今人生の何合目ですか?と聞かれました。山登りをしてきた私には、それは少し的外れだと思うのです。
富士山はとても特殊であのような単体の大きな山などほとんど存在しません。大きな山を登るにはそこに到達するために幾つも山を登り、降り、また登り、ときに迂回して目指します。人生を山登りと例えるならば登ったり下ったりを繰り返していくはずです。


そして未踏の山ならば、山頂を思ったときは更なる高みを発見することでしょう。何より何合目とするのは、既にその山を制覇した誰かが制定した基準です。人生は一度しかないのだから、自ら今を何合目と言うのは分かっていない人でしょう。遭難しますね。

 

開業して新しいステージに立って2年以上。今が何合目かなど考えません。誰もここまでくれば頂上だよ、と教えてくれませんから。そして登頂に成功することより、無事に下山することの方が重要だと山登りで学びました。登り切ったあとをしっかり考えないといないと遭難してしまいます。

 

甲野 功