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~新天地へ~

このたび妻が転職を決めて、来月から新しい職場、新しい分野に移ることが決まりました。約10年勤めた職場から同じ業界なれど異なった職種をする決断をしました。

 

今回の転職について、私に相談がありました。私の意見は「好きなようにしたらいい」でした。引き留めるようなことはしませんでした。

 

対して、周囲からは心配する声がありました。

30代後半で2人の小さな子供がいる

旦那は個人事業主

今の安定した職場を辞める必要があるのか

辞めても大丈夫なのか

という気持ちからでしょう。

私自身も安定した大企業に勤めているわけではないので、周囲は余計に心配してのでしょう。妻自身にも不安がありましたし、私が一切反対しなかったことが意外だったようです。

 

私自身のことを考えれば、これから第一子が生まれるという時期に都内クリニックを辞めて専門学校に行くという選択をしました。これから父親になる30過ぎの男がまた学生。

無謀ですよね


人生の大半を学校に通う生活をしてきておいて、妻の選択肢を否定するなどどの口が言うのかという立場です。子供が生まれるといのに2年間の専門学校通学させてくれて、治療院開業を助けてくれたのだから、今回は彼女の決断を応援するのが当然だと思います。

 

反対しなかった理由にはもう一つあります。

動く不安よりも動かない不安の方が大きい

ということです。

 

今までの社会経験で、行動して失敗することよりも行動しないままでいつの間にか失敗することの方が危険、だと考えるようになりました。


私は元来安定志向でできたら大きな組織でトップに立つような野心が無い方でした。根底にはあったのかもしれませんが、危険を冒すのは性に合わないと思っていました。

 

高校3年の大学受験では、理科2科目勉強することを恐れて志望校を下げました。物理と化学を勉強するの無理だ、浪人したくない、という気持ちがあり挑戦から逃げました。


大学4年の就職活動では就職氷河期に入っていく時期で、開始当初は随分落ちましたが、内定がいくつかもらえるようになりました。そうなると、内定をくれた企業の中から東証一部上場しているところに決めて、本当に良かったのか顧みないまま就職しました。
入社した企業は某大手半導体メーカーの関連会社で、就職活動中の話では、半導体メーカーが世界的も有名でありうちが傾くことはありませんということでした。ところが就職した2000年にITバブルがはじけ、その半導体メーカーの業績は大きく下降し多くのリストラを断行します。その影響は就職先にも及び、新人時代に希望退職・早期退職を募る状況を目の当たりにしました。

当時新人だった私には直接影響はありませんでしたが、景気という自分自身でどうにもならないもののせいで、生活に影響を受けることを知りました

 

私が高校生の頃、父は長年勤めた企業を早期退職し別の企業に移りました。以前の企業では管理職に就き、そのまま残っていれば多額の給料と退職金を手にできたであろうが、職場を去る結論を出しました。年収は3分の2になると分かった上で。
父が転職した理由は現場から見てその企業が危ないと察知しており、退職金が出てかつ次の職があるうちに動く方が安全だと判断したからでした。実際に予想した通りの問題が生じました。

 

目先の安定した給料や待遇に囚われていると本当の危機に対処する時間がない、そんな考えが頭に残ります。


実際にそれは身に降りかかったことでした。東日本大震災直後で先が見えない状況の中、新卒の柔道整復師としてみつけた職場が、あるクリニックでした。ところがそこは何かと問題があるようだと感じ始め、翌春から教員養成科に行く決断をしました。退職して数ヵ月後、件のクリニックは突如閉院しました。
残っていれば自己都合ではないから失業手当がたくさん出たのにという人もいましたが、目先のお金のために専門学校入学を遅らせていたら今は無かったと思います

 

開業したのも、お金を稼ぐためにはシステムを作る側に行かないと考えました。

自分で自分の技術に値段をつけていける環境。また、子育ても家のこともできる環境。それを求めました。安定した給料と保証があったとしても、毎日深夜に帰宅して子供と接することも休息できない状況では意味がない。もしも、親の介護が必要になっても続けられる労働環境環境変化に対応できるようにすること。そういったことを長い目でみて考え新しい職場を選んできました。

 

妻がこの年齢と環境で新しい挑戦で職場を変えることを応援します。かつて私が新天地を求めたときしてくれたように。
また妻の転職に励まされました。まだまだこれからだ、という気持ちになりました。

 

甲野 功

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