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~手間はわかる~

感動経営 唐池恒二著
感動経営 唐池恒二著

 

普段、本屋に行くと作者・タイトル・カバーデザインなどで目に留まった本を手に取り、中をパラパラと眺めてその本を購入するか否かを決めます。

珍しく宣伝メールの広告に見事に引っかかって、わざわざサイトで注文してしまった本がありました。

 

感動経営

九州旅客鉄道株式会社 代表取締役会長 唐池恒二 著

 

九州旅客鉄道株式会社。つまりJR九州のことです。


JR九州の代表取締役役会長唐池氏が書いた本。
唐池氏は以前テレビ番組「カンブリア宮殿」で観たことがあり、興味がありました。赤字まみれの国鉄から民営化し、東海道新幹線も山手線もない地方の鉄道会社が多角経営と豪華列車の路線で黒字化し、上場まで果たしました。その最前線で動いた人物です。

 

『感動経営』には様々な学ぶポイントがありましたが、一番気になった部分があったので紹介します。

 

JR九州の顔と言えば豪華寝台列車『ななつ星』。動くホテルと称され、チケットを取るためには抽選で相当な倍率を抜けないといけません。


目的地までの移動手段であった鉄道を、乗ることそのものを目的に変えた逆転の発想。JR九州は、鉄道事業はもちろんのこと、飲食・サービスと別ジャンルまで手を広げて大きくなりました。手を広げないと倒産するからというシンプルな理由で。豪華列車の運営も一つ必要に迫られた結果だそう。

 

豪華寝台列車『ななつ星』では、九州で超一流寿司店「やま中」の大将・山中啄生氏が、お客様の目の前で寿司を握ります。自身の店舗を持ちながら、唐池氏の熱意に負けて、ななつ星に乗り込みお客様の目の前で寿司を握るのです。事前の仕込みも含めて膨大な時間を割くそうです。

「やま中」大将に寿司を握ってもらうエピソードで唐池氏がこのように書いています。

 

味は測れないが手間は測れる

 

唐池氏は外食事業にも従事した経験があります。そこで気づいたことが、お客様が喜ばれる究極のメニューとは「手間」であるといのです

こう書かれています。

 

あるレベル以上の料理はそれなりに美味である。
その美味をどれほど「おいしい」と感じるかは、様々なものに左右されて評価が分かれてしまいます。
美味を測ることは難しい。
しかし、手間はわかる
どれほど手間をかけてきたかは測ることができる。
思いと手間
感動させる仕事は、思いと手間がすべて。
あるレベル以上のすべてのことに共通する法則だと思う。

 

今の日本では外食産業で不味い料理などほとんど無いでしょう。その中で超一流と称される料理人が出す料理の差は、手間と思いが違うといのです。


特に「味」は好みがあるので絶対的な計測が難しい。「思い」も内に秘めるもので、そのものが形として見えるものではありません。

 

しかし「手間」は可視化できる。どれくらい仕込みに時間をかけてきたのか測れます。何本包丁を換えるくらい練習してきたのか数えることができます。どれだけ足を使って良い食材を探し回ったのか客観的にわかります。
「手間」は他人からみても分かるのです

 

味は測れないが手間は測れる、とはそういうことなのです。味は個人の好みがある相対的なものですが、手間は計測できる絶対的なもの。お客様には「手間」が伝わるのだと。それゆえに究極のメニューが「手間」なのである。

 

この内容は身につまされる思いで読みました。

 

 

私の仕事もかなり評価が分かれるものだと考えています。治療を行った際に、人によっては「素晴らしい」「すごく効いた」と絶賛してくれることもありますが、「そうでもない」「普通」「大して効かない」という評価もあります。


最近は無くなりましたが鍼灸マッサージ師になりたての頃は「あなたの鍼を受けてもっとひどくなった」「強く押されて痛みが増した」とクレームを受けたこともありました。当時でも私の施術を絶賛してくれる患者さんはいたことはいました。

 

技術って何だろう?腕があるとはどのようなことだろう?

曖昧なもので悩んだ時期もありましたし、今でも分からないことが多々あります。自分で自分の施術を受けることができない以上、ずっと試行錯誤を繰り返すしかありません。

 

「上手い」の基準は何であろう。資格を取ってすぐでも患者さんがつく人はつきます。すぐに成功して軌道に乗る人もいます。その差は何なのか。答えの出ない悩みでした。

 

この本で
味は測れないが手間は測れる
というフレーズが一つのヒント、答えなのかもしれないと思いました。


目の前の患者さんに立った時にどれだけ手間をかけてきたのか。それが絶対とは言わないまでも長い目で見れば平均的に伝わるのでないかと。

 

国家資格ならば最低限3年間の勉強と実習が必要です。年に1回だけの国家試験合格のため膨大な範囲の勉強をします。それだけの手間は患者さんに伝わるようです。
私は民間資格の出身なので身をもって知りますが、よく使う技術だけ取得して、最低限の知識だけを知っているだけでは、すぐに限界が来ます。ただ疲労回復したい、気分良くなりたいというお客さんには対応できても、体を良くしたいという患者さんには対応しきれなくなります。


一見必要ないかもしれない医療知識、繰り返し練習した基礎がモノをいうことを実体験で知っています。

 

医療知識、技術だけでありません。どれだけ人に興味を持ち、相手のことを知ろうとするか。その手間も相手に伝わるものです。


20代の頃は技術がしっかりしてれば問題ないのでしょう?と考えていました。就職先の院長に、もっとヒトに興味を持て、それは相手に伝わると注意されたものです。
大して技術が無い(と勝手にこちらが決めつけている)のに愛想がよい、元気に会話をしている、という同僚の方が患者さんの覚えが良くて納得できない気持ちがありました。


接遇、ホスピタリティということになるのでしょうが、突き詰めるとその人への向けた「手間」を惜しんでいるということかもしれません。

 

ただ漠然と過ごしただけでは足りなく、「手間」をかけること。

 

鍼一本を刺すのにどれだけ練習し、注意を払い、勉強し、復讐する、といった「手間」を惜しまないか。それが最終的に患者さんの評価に繋がるのではないでしょうか。


臨床歴何十年というベテランは所作が奇麗です。様々な研鑽を積んだ結果。それは経験もあるのでしょうが、「手間」として敢えて最低限以上の努力をしてきた結果なのだと推測します。

 

治療という客観性が低い個人差が出るものを生業にしていますが、「手間」は測れるもの。

手間はわかる。わかってもらえる

その考えでやっていこうと思いました。

 

甲野 功

 

 

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