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昨日は都内の鍼灸マッサージ専門学校の2年生学生さん5名が訪れて講義を行いました。
テーマは~あはき師のための理科~。“あはき”とはあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師という3つの国家資格の頭文字。業界内の言葉です。
先月、パルス通電という鍼技術のセミナーを行いました。身体に刺した鍼に矩形波(パルス)の電流を通電させる技術があります。その座学で電気について少し説明をしたのです。電気とはどのようなものか。電流、電圧、抵抗。オームの法則。それに連なり生理学の話へ。細胞の静止膜電位、活動電位、脱分極。これらの体内の振る舞いも電気の活動であると。
後日このセミナーを受講した学生さんが「理科が分からない」という感想が出ました。生理学の教科書に書いてあることは覚えているが、どうしてそうなるのか。解説を読んでも電気のことがよく分かっていないから分からない。さらにどのように調べていいのかが分からないと。その感想から私は「ああ、物理、化学、生物の違いがわかないのだろうな」と思ったのです。学生さんが学ぶのは人体機能に関することであり、それは生物学に近い生理学。電位は物理の範囲であるが細胞の静止膜電位を実現させているのはイオンの濃度差でイオンは化学の分野。それら全て一まとめに理科だと捉えているので「理科のうちどの科目を調べていいのか」が分からない、更には「その科目のどの分野を調べればいいのかも分からない」という状態なのだろうと考えたのです。
そこで理科について説明しましょうかという提案をし、学校のクラスメイトを募ってこの企画が実現したのでした。
さてこの講義をするにあたり漠然と内容の流れを考えてみました。また事前に参加者に「理科のどのようなことが分からないですか?聞きたいことはありますか?」といった旨の質問を投げかけます。返ってきたのは「何が分からないのかもよく分からないから疑問が浮かばない」という意見が多く、具体的な疑問として静止膜電位や活動電位の部分だと。電気とか電流とかが体内にも存在することがよく分からないようです。パルス通電のときは鍼技術の方がメインだったので簡単に流して説明したのですが、そもそも電気とは何か、という状態のよう。
そこで、細胞の静止膜電位から活動電位、神経線維における刺激の伝導あたりの解説をゴールとして、逆算していき具体的な項目を説明しつつ理科とは何かという話をしようと考えました。そうは考えてみたものの、資料作りは難航しここ最近では最も苦労しました。
私は東京理科大学理学部応用物理科学科を卒業しています。もうこの学歴の時点で「理科」の文字が入っているし「物理」の文字も入っていて、理科の「理」が3つも並びます。曾祖父も祖父も父も理科系の人間で、2つ上の姉も理科系。理科系の家系なのです。そのため理科というものが非常に身近で当たり前の存在です。正直なところ、理数系科目を避けてきた人のことが完全に理解することはできません。
これは2世、3世の鍼灸師のことが私には完全に理解できないことに近いでしょう。生まれたときから親が鍼灸師で当たり前のように身近にあり、鍼灸の道に進んだ者の環境や気持ち。それは、社会人経験を経て親族に誰も鍼灸師がいない状況で突然この世界に飛び込んだ私には、計り知れない。同じようなことなのだろうと。
私は学生さんに講義をするときは、講師のバックボーンと考え方を知るようにしましょう、と必ず話します。同じ業界にいてもそれまで生きてきた環境の違いは大きいですし、考え方の違いはときに常識の違いに繋がるからです。繰り返しますが親が鍼灸師の人とそうでない人ではスタートの環境が違います。考え方(主義主張、流派、哲学などを含む)によっては相いれないものも出てくるでしょう。そのため私のことを丁寧に説明するようにしています。
そこで、この講義では私がどのように理科(理数系科目)と触れて学んできたのかも説明することにしました。理科が苦手な人はだいたい文系の勉強を選択して高校生辺りから理科科目の勉強をあまりしなかった場合が多いわけです。そのような参加者に向けて、理科系大学を出て鍼灸マッサージの道に進んだ私の過去を紹介しようと。
私の場合、エンジニアだった父親から小学生のときにアナログテスター(電気が通っているかを調べる計測器)をもらったり、イオン化傾向の表を渡されたりした経験があります。これが他の家庭とは異なる理科との接し方だったのでしょう。中学2年生まで勉強ができず、特に国語と英語はできませんでした。比較的理数系科目の方が良かったくらい。
國學院高校という文系の國學院大學附属高校に入り、2年生から理科系コースに進学したことが大きかったです。その高校ではマイノリティである理系を敢えて選んだ同級生たちと切磋琢磨して勉強する。進学校だったので上位者は試験の点数が公表され、クラス内の生成順位も当人には知らされます。成績を競い合う関係でもありました。高校2年生以降は宇宙物理を大学で学びたいと考えるようになりました。
そして早稲田、上智、千葉と大学受験に落ちた末に、東京理科大学だけが合格し理学部応用物理科学科進学が決まります。自然科学を教える日本で最初にできた私立大学である東京理科大学。東京大学を卒業したばかりの青年理学士らにより明治14年(1881年)に東京物理学講習所として誕生しました。理科を、物理を、学ぶにはうってつけの学校に入学します。大学の勉強は大学受験勉強よりも遥かに大変で死ぬ気で勉強するという訓練になりました(成績が悪いと簡単に留年する大学でしたし、自殺者も出たことがあります)。
このような経緯を経て今の私があります。そのことを踏まえて本題へ。
理科とは何か。
この時点でかなり困りました。理科の定義を調べたらほぼ自然科学と一緒で、自然科学とは何かを調べると抽象的な表現でスケールが壮大。具体的な科目として物理・化学・生物・地学に分かれると説明します。改めて気が付くことが、私は主に物理と化学を学んできたのですが生物と地学は文系の方と変わらない程度の知識であること。むしろ生物は文系の人の方が学んでいるのでしょう。高校の理系コースでは物理・化学に力を入れて生物と地学はほとんど記憶にありません。地学など石の名前を覚えるのが苦痛だったという思い出しかない。生物は鍼灸マッサージ専門学校に入るために学び直したくらいです。資料を作るにあたり、生物学と地学の定義を知ることはよい勉強になりました。そういえば生物学と生理学の違いはなんだろうと。地学が地球科学のことだと知らなかった。
その上で鍼灸マッサージに必要な理科科目は何かと考えて、物理と化学に絞ることにします。人体の機能について学ぶのが生理学で、大枠に全生物を対象にした生物学があるわけなので、生物学は取り扱わなくていいだろう。地学は対象が地球という事で天候や地理的環境が人体に影響を及ぼすといえば関りがありますが、ちょっと範囲が大きすぎるだろうと。何より人に説明できるほど生物と地学は勉強してこなかったわけです。ここは物理・化学で攻めようと決めます。
物理と化学だけといってもその範囲はとても広いです。特に物理は専門だったので古典力学から量子力学まで色々とあることを知っています。しかも素粒子物理学や相対性理論になると正直なところきちんと説明できません。細胞の静止膜電位というゴールに向けて必要と思われる項目をピックアップして解説することにします。そうしないときりがないですし。
物理学の範囲では電気が必須。電気の解説は前回以上にきちんと行うことは決定。そうなると多分理解できないのが電圧。電圧は電位差であり電位とは何ぞやということ。電位も電圧も単位がv(ボルト)と分かりにくい。電位と電圧(電位差)は時刻と時間のような関係。これを説明するには位置エネルギー(ポテンシャルエネルギー)を説明しないといけないだろう。そうなると運動エネルギーと位置エネルギーの関係を入れた方がいい。ジェットコースターが分かりやすい。そうなるとエネルギーとは何かという説明が必要で、物理ではエネルギーは「仕事をしうる能力」と説明するのだが、いきなり“仕事”といってもデスクワークとかバイトをイメージしてしまうだろうから、力×距離だよと説明しないといけないだろう。そんなことを考え出すときりがなくなり、資料作りは難航しました。
難しいことを難しい言葉でいうのは簡単です。しかしそれで理解できるなら参考書やネットにある解説を読めば済む話。かの天才物理学者アインシュタインも小学校4年生にわかるように説明しようと言ったとか。身近な例を挟みつつ数式を提示しながら説明する。
資料作りは難航します。
改めて本当に力学・電気を理解しきれていない、そして忘れていたことを痛感します。大学生だったのは四半世紀前の事ですし。その都度調べ直して、表現を変えて。右往左往しながら物理の力学エネルギー、電気の項目を終えます。なるべく参加者の身近にあるものと内容を関わらせて、力学エネルギーを指圧手技に応用する方法や気の説明などを組み込みます。
続いて化学。ここは物理以上に資料作りが大変でした。専門ではないので物理以上に忘れています。元素とは。原子とは。周期表、化学反応、化学式に構造式。イオンの説明。いちいち調べ直します。本当に忘れていることが多くて。しかも私が習ったときよりも学問が進歩しているので知識を上書きしないといけません。どこまで説明するか悩むところでした。そもそも化学は最低限原子番号1~20までの元素記号を暗記していることが前提条件。さすがに水素をH、酸素をO、水がH₂Oくらいは知っているだろうがLi(リチウム)とかBe(ベリリウム)とかまでは生理学に出てこないから知らないかも。どこまで入れるかという葛藤。結局、イオンが一番必要なのでそこを目安に項目を決定。結合の種類やベンゼン環までは入れることができませんでした(そこまで理解しなおす時間が無かった)。ATP(アデノシン3リン酸)の化学式、構造式を挙げましたがきちんと解説する余裕がありませんでした。
物理と違って暗記することがとても多い化学。たくさんのアルファベット(元素記号)と原子名。文字が多くなることで聞いている方はかなり目移りすると思いました。体内の消化吸収で必須となる酵素、そして触媒の存在を説明して化学の項目を終えます。
最後のところで説明した物理と化学が鍼灸マッサージとどう関わるか具体例を挙げます。パルス通電では交流、直流のこと、電気分解による電食のこと、周波数のこと。活動電位のところはカリウムイオン(K⁺)をナトリウムポンプが汲み出す事で細胞内外に電位差を生んでいること。刺激が伝導する物理的仕組み。前回のパルス通電に続いてゴールは同じ内容の解説にしました。前回も参加した方には復習になりました。
色々と話が脱線しつつ休憩を挟んで4時間くらい講義しました。参加者の理解はどれくらいのものか不安でしたが、終わった後の反応が良かったようです。何でも当院を出たあとに食事をしながら感想を述べあったとか。当日ギリギリまで資料作成に追われた甲斐があったというものです。理科を避けてきた方に、鍼灸マッサージ専門学校で習う内容に関連する理科を教える。私にとって大きな経験と財産になりました。自身の復習にもなりました。終えてみてもう少し入れておけばよかったエピソードが頭に浮かびます、改善点も見えました。次があるならもっと良いものが作れそうです。ずいぶん前に「おまえ、理科大出て上場企業(半導体商社)を辞めてマッサージとか鍼灸するの。今までのことが無駄じゃん。」と言われたことを思い出し、無駄ではないという証になりました。
甲野 功
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