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~鎌倉本覚寺~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 本覚寺
鎌倉の本覚寺

 

 

昨年は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のおかげで近年稀にみる鎌倉ブームだったと思います。以前から鎌倉が好きなのでテレビで特集されると目がいくのですが、特に各局、各番組が特集していた印象があります。それに比べると今年の『どうする家康』は徳川家康が主人公。行動範囲が広いので様々な場所が取り上げられています。鎌倉は日本で最初に幕府が置かれた場所。それから長く続く武家社会の走りとなりました。現在の東京が世界屈指の大都市になったのは徳川家康が江戸幕府を開き400年に渡り続いたことのおかげ。鎌倉はその意味でいうと都市計画のひな型になった場所とも言えそうです

ちなみに征夷大将軍になるためには源氏の血脈が必要だそうで、豊臣秀吉はそのせいで征夷大将軍を帝から任命されることができず関白になったそうです。

 

その古都鎌倉にある名刹の一つが本覚寺です。

 

鎌倉市観光協会 本覚寺

 

鎌倉には似たような名称のお寺があるので混乱しますが、夷堂(えびすどう)で有名です。

本覚寺というお寺は全国に複数あり、鎌倉の本覚寺です。JR鎌倉駅から徒歩5分ほど。鶴岡八幡宮小町通りとは反対側、海側にあります。敷地は大きくなく住宅地にあります。そばを細い滑川が流れ、その先は山になっていき、妙本寺に向かいます。三方を山に囲まれた鎌倉にあって、平地にあり高低差がない境内のお寺は珍しいです。

 

日蓮宗のお寺で山号は妙厳山。一乗日出を開山として永享8年(1436年)に創建されました。本尊は釈迦三尊像身延山久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨したため「東身延」とも呼ばれています。

最初に夷堂が有名と書きましたが、この本覚寺は夷堂が先になります。夷堂は源頼朝が鎌倉幕府を開いたときに、幕府の裏鬼門(南西)にあたる方向の鎮守として建てたとされます。しかもこのときは天台宗でした。文永11年(1274年)に佐渡(島流し)から戻った日蓮が、一時この夷堂に滞在し拠点としていたのでした。そのことから永享8年(1436年)に一乗院日出日蓮にゆかりの夷堂を天台宗から日蓮宗に改め、本覚寺を創建しました。後に身延山を再興した行学院日朝は、身延山への参詣が困難な老人や女性のために、身延山より日蓮の遺骨を分骨して本覚寺に納めます。このことにより「東身延」と呼ばれるのです。

 

本堂は大正時代に建てられたもので比較的新しいです。賽銭箱の上に銅鑼が置かれているのが印象的です。

鐘楼は応永17年(1410年)銘の梵鐘があります。色は付いていませんが彫刻が施されています。

最も古い建物は山門(仁王門)で江戸時代のもの。明治初期に別の寺院から移したものです。

現在の夷堂は昭和56年(1981年)に再建されたもの。明治時代の神仏分離令で一時期離されたそう。本覚寺前を流れる滑川にかかる橋は夷堂橋といいます。

 

本覚寺境内には名刀正宗の墓があります。正宗は、鎌倉時代末期から南北朝時代初期に鎌倉で活動した刀工で、その名前はもっとも有名。日本刀「正宗」は名刀の代名詞です。鎌倉の海岸は砂鉄を含んだ砂があるため、黒い砂浜。そのため日本刀をはじめ刀鍛冶が多数いたのです。

 

歴史を知ると、それに関連する史跡が残っているのが古都の良い所。再開発されて石碑が残っているだけという状況では面白くありません。若いときは何の感慨も無かったのですが学ぶことでその景色が持つ意味が分かるようになるものです。

 

甲野 功

 

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