開院時間
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10月4日(土)。この日は母校呉竹学園の呉竹医学会学術大会に参加しました。午後は実技セッションという外部から講師を招き実技講座が行われます。今年は5名の講師が招かれました。2部制で概ね2名の講師を選ぶことができます。ここ数年毎年参加しているのですが、今年は同時刻に行われていた症例報告発表会と黒澤一弘先生の実技セッションを選択しました。
解剖学理論を基盤とした臨床指圧 ―触れかたと触圧の理、立体的アプローチ―
黒澤一弘
講師の黒澤一弘先生は浪越学園日本指圧専門学校を卒業したあん摩マッサージ指圧師であり、東京呉竹医療専門学校鍼灸マッサージ教員養成科でマッサージ専門学校教員免許を取得しております。相模大野で開業していて、他にも東京都立大学健康福祉学部理学・作業療法学科解剖学実習非常勤講師もしています。また日本解剖学会に所属し解剖学が非常に詳しい先生です。しかも学部学科は違いますが東京理科大学の先輩です。翌日からのあましフェスでも一緒になるのです。
黒澤一弘先生と初めて会ったのは新型コロナの影響が色濃い時期の夏。鍼灸マッサージ学生が主催したバーベキューでした。その後も代々木公園で行われるアースデイ東京で出店した指圧ブースでもお見かけしていました。そして8月に黒澤一弘先生の神奈川指圧会が主催した研究会相互指圧デーに参加して先生の指圧を体験していました。そのときの率直な感想として、圧を入れていない?、という疑問がありました。こちらは受け手ですからどのような体勢や動きで指圧をしているのか判断できません。あの時の答え合わせをする気持ちもありました。
黒澤一弘先生の技術の特徴は主に2つあると思われます。一つは『浪越指圧』。この業界では非常に有名ですし、50代以上の方だと浪越徳治郎の名前を知っていることでしょう。彼が創ったのが浪越指圧であり、創設した学校が浪越学園日本指圧専門学校です。“指圧の心母ごころ、押せば生命の泉湧く”というフレーズを耳にしたことがあるでしょうか。もう一つ黒澤一弘先生の特徴は解剖学に長けていること。同じ東京理科大学卒業なので推測しますが、精神とか心といったものよりも物質的で科学的なもの方が、もともと馴染みがあったことでしょう。解剖学はその点分かりやすいです。心や母ごころといった気持ちを示す浪越指圧と東京理科大学卒の解剖学知識。この2つが融合したのが“解剖学理論を基盤とした臨床指圧”=アナトミカルフロー指圧だといいます。
昨年、S&T Championshipsという社交ダンスイベントで私を含めて3名のあん摩マッサージ指圧師がマッサージブースを出店しました。流派の異なる社交ダンス経験者のあん摩マッサージ指圧師による施術の受け比べができるということで3ベッド並べました。呉竹学園卒の私、長生学園卒、そして浪越指圧。連続で3名の施術を受けた本池淳先生が後にこう語っていました。(浪越指圧の)神田浩士先生の手技は一気に眠りに誘う、と。神田浩士先生は日本指圧専門学校卒でかつ呉竹学園教員養成科卒。黒澤一弘先生と同じ学歴でかつ浪越指圧でも同じ流派なのだとか。傍目から見ていても人体に対する考え方(アプローチ方法)は異なるように思えますが、共通することは触れ方だと双方の指圧を受けた経験上私は考えました。
黒澤一弘先生も押すこと以上に触れ方が大切だと言います。その理由を解剖学的な説明をします。粗い触れ方をすると受け手の心身に防御反応を引き起こしてしまいます。それは術者として常識というか最低限の注意です。触られて嫌だと感じられたら施術効果は出ません。術者は指先にある配列されたマイスネル小体で触覚を感知し、丁寧な触れ方は神経線維であるC触覚線維(CT線維)を通じて脳内で(俗に幸せホルモンと言われる)オキシトシンの分泌を促します。このとき術者の意図(マインドフルネス)に触れることの効果が左右されることが研究により報告されています。それは浪越徳次郎が説いた「母ごころ」を裏付けます。あん摩マッサージ指圧理論の教科書には指圧の3原則として、垂直圧の原則、持続圧の原則、集中の原則という記載があります。2つが技術論であり、最後に精神論。学生当時は何だこれと思いましたがこれは浪越徳次郎の「母ごころ」に由来するようです。私の認識では患者さんや技術に集中しようという解釈でしたが、相手を思いやること、それも母が子を想う気持ちと子が母のことを想う気持ちにも通じる思いやりであるというのです。臨床経験を積んで慣れくるとおざなりになってしまう部分です。
一方で技術面では非常に細かい理論がありました。身体全体を一つの統合されたユニットとして活用する“連結圧”の概念。全ての関節は伸ばしきらず・曲げすぎず、遊びを保つと言います。肘や膝の関節を伸ばしきるとロックが掛かります。それを避けて関節に遊びを作る。それが身体を衝撃吸収機能と力調整機能をえた“弾性ロッド”に変えるための前提条件となるというのです。8月に黒澤一弘先生の指圧を受けたときに力みを一切感じませんでした。圧を入れていくと術者が力を入れている、そのために体(関節)を固めている感覚を受けるものですが、それが感じられない。弾性ロッドとはどのようなものか理解しきれませんが実感はあります。
そして圧は腕力ではなく、地面からの反力(床反力)を利用して生み出すといいます。足の裏から全身の抗重力筋(主に伸筋群)を連鎖的に伸ばすことで床反力を触れている指先まで伝達させます。床反力は物理学の作用・反作用の法則を用います。これは応用物理学科卒の私には非常に馴染みがあり、競技ダンスも同じなので納得ができます。床から得た力を体を通して指先に伝達していく。その際に重要なのが伸筋群。伸筋とは関節を伸ばすように作用する筋肉のこと。伸筋群の連携が伸筋リレーであります。力が伝わるように関節をロックせずに伸ばしきらないようにするわけです。このときの動作は太極拳の動きが入っているようです。そのように黒澤一弘先生本人も語っていましたし、翌日のあましフェスでも語っていました。踵からエネルギーが循環するような。感覚的な話ですが私の指圧は直線的で前後に動く感じ。黒澤一弘先生は∞(無限大)、あるいは円のような感じ。そんな気がします。私の場合、指圧を習ったときに直感的にタンゴの動きに近いと思っていてそのようにやってきました。それに対して太極拳の動き。新たな着想です。
そして一番理解し難いのが引きの圧。垂直圧といって皮膚表面に対して真っすぐ圧を入れるのが原則なのですが。押す方向ではなくむしろ引く方向を意識する。私は指を触れてから圧を押す方向に入れるため重心を移動させていくのですが、黒澤一弘先生はむしろ触れた時点で上体が前にあり圧をかけるときに体を引いています。文章にすると矛盾しているのですが、表現としてはそうなります。“引きの指圧”という表現をしていました。解説文を抜粋すると以下の通り。
『肘をロックしたまま身体を引くのではなく、その場で腰・背中・肘を弛緩させることで圧を抜く。このとき、相手の組織の反発力を母指で感じ取るようにすることで、押しながら減圧をする時間が生じる(引きの指圧)。』
何となく頭で理解できますが動作を実践するとなると非常に難しいです。押しながら引いているわけですから。ただこの理屈は実際に体験した感触と非常に合致します。垂直圧は垂直方向だけに言及していて、垂直に押すだけでなく垂直に引くことも現わし、その先に垂直に押しながら引くということまで想定されているのではないかと考えました。これが最も難しく、かつインパクトのある内容でした。
他に2点以上の解剖学的ポイントを同時に刺激する「多点同時アプローチ」を紹介していました。これは私も自然と使っているものでした。具体的な方法として同一筋の刺激、拮抗筋の同時刺激、筋・筋膜連結といったものを挙げていました。さらに多点同時アプローチをすることで患者の「意識そらし」になり、心理的緊張をおさえるメリットがあるといいます。手技やリズムを組み合わせることで応用が利きます。
母ごころ→集中の原則と繋がるメンタリティの部分と精密な解剖学知識。そこに術者の身体と精神を駆使した指圧があり、特に特徴的だと感じた「引きの指圧」。これまで私が知っていた指圧にはない概念でした。練習を重ねて技術の引き出しとなるよう取り組みます。
甲野 功
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