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~再発見の江の島散策~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 再発見の江の島散策
たくさんの再発見があった江の島散策

 

 

今年のテーマとして~按マ指を探究する~として活動しています。あん摩マッサージ指圧師の扱う技術である按摩・マッサージ・指圧の頭文字をとっています。先月10月はあん摩マッサージ指圧師に関わるイベントが多数ありました。後半はあましセミナーあまし業界状況とあん摩マッサージ指圧学生さんに講義をする機会がありました。あん摩マッサージ指圧師の歴史を紐解くと按摩師に繋がります。日本最初の法律といわれる大宝律令にも按摩博士の名称が登場します。1300年前からいわば国家資格でありました。そして視覚障害者(当時は盲人と呼ばれた)達の生業として歴史を歩んできました。視覚障害者と非常に関係が深いのが按摩師、鍼灸師(はり師)です。あん摩マッサージ指圧師の説明をするにあたり視覚障害者との関係は切っても切れないもの。視覚障害者(盲人)の歴史的重要人物が杉山和一検校です。杉山和一は江戸時代初期、慶長15年(1610年)に誕生し、盲目ながら按摩と鍼の名手で当道座という当時の盲人組織で最高位となる検校という地位になります。時の江戸幕府将軍、徳川綱吉から領地を与えられて世界初の障害者職能訓練所となる杉山流鍼治導引稽古所を設立します。また杉山真伝流という按摩、鍼の技術を誕生させます。

この杉山和一と非常に縁が深いのが神奈川県湘南にある江の島です。有名観光地であり、令和の東京オリンピックでも大会会場となりました。コロナ禍ですが杉山和一生誕410年記念として藤沢市鍼灸・マッサージ師会が江ノ島に銅像を設置しました。あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師として杉山和一はレジェンドというか神という存在。実際に杉山流鍼治導引稽古所があった現在の墨田区には江島杉山神社があり、杉山和一を神様として祭っています。これは江の島の江島神社を勧請し、杉山和一も祭ったもの。

 

これまで数えきれないくらい江の島を訪れているのですが、まだ杉山和一検校の銅像を見ていませんでした。あん摩マッサージ指圧師の歴史を振り返り学生さんに解説しておいて、それはちょっと引け目があるなと感じました。また江の島にはまだ見ていないところがある、また改めて見直したいところがあります。そこで朝早くから江の島に単身向かい、島全域をくまなく歩いて新発見から再確認まで知っているつもりだった江の島を散策してきました。

 

朝7時過ぎに新宿駅に到着。ちょうどロマンスカーがありました。前半車両は箱根湯本行きで、後半車両が片瀬江ノ島行き。途中で切り離します。7時20分発の列車でした。片瀬江ノ島行きは空いていましたが箱根湯本行きは満席だそう。箱根湯本の人気を改めて思い知らされます。日曜日とはいえ朝7時台の列車なのに。のんびりとした車内で人生初と思われる寝過ごし。駅員さんに起こされて終点にいたことに気付きました。

 

小田急線片瀬江ノ島駅改札を出ます。竜宮城のような外観。この駅舎から観光資源です。子どもをつれて新江ノ島水族館や海岸で遊んだ記憶が蘇ります。江の島に来るようになったのは20年以上前。もちろん独身の頃。どれだけ来たか数えきれません。いつものように地下道をくぐり、橋を渡って江の島へ向かいます。既に富士山が見えていて気分が良いです。富士山は条件反射で写真におさめてしまいます。橋の途中に龍神の灯篭があります。江の島は龍神と弁天様だらけだとこの日知ることになります

 

この散策の目的は杉山和一を巡るものですが、それまで知らなかったところも見て回ることでもあります。それに伴い歩くこと。足腰が衰えないように暑さが和らいだら歩き回る日を年に数回は作るようにしています。事前に調べたスポットを周っていきます。

橋を渡ると左手へ。これまで素通りしてきたのですが海に面したところにオリンピック記念噴水池があります。前回昭和39年に開催した東京オリンピックを記念して作られました。池の中央に弁財天像、そのまわりを女性像が囲んでいます。この日は数多くの弁財天を見るのですがここから始まりでした。このような芸術作品が昔から設置さていることを知りませんでした。

次に島の参道右手に向かいドラゴン広場へ。そこにハート型のオブジェがあります。ハートの奥に富士山が見えるようになっています。余談ですが子ども達と入った回転すし店が無くなっていて残念。昼飯に入ろうと考えていたのです。

江の島目抜き通り、弁財天仲見世通りに入るために青銅鳥居をくぐります。青銅鳥居は江の島弁財天信仰の象徴だそう。元は延亨4年(1747年)に創建され、現在のものは文政4年(1821年)に再建されました。市の指定重要文化財に指定されています。いつも素通りしていましたが200年前からあることを知りました。

 

朝8時台の仲見世通りはまだまだ人通りが少ないです。お店もほとんど開いていません。大鳥居まで来ると右の坂を登ります。鍼灸師ならお馴染み、杉山和一検校の墓に向かいます。鍼灸学生は国家試験前に合格祈願に訪れるといいます。私も国家試験前の1月に訪れました。何度来たか分からないくらい訪れています。一周忌の命日、元禄8年(1695年)5月18日に建立され、市指定史跡に指定。江の島にお墓があるのは江の島岩屋に21日間籠もって礼拝を続けたから。江戸に住むようになってからも足繫く江の島に参拝に来ていました。

ランドマークのような江島神社の大鳥居。ここから登っていくことになります。鳥居の先を進むか左側に進むかの選択。さらにエスカーというエスカレーターを使用するという道もあります。足腰を鍛える意味合いもあるのでもちろん徒歩です。大鳥居をくぐり瑞心門へ。瑞心門も竜宮城を模した立派なもので左右の壁に唐獅子図が飾られています。瑞心門の先に弁財天童子石像。2002年に置かれたもので龍神と岩屋にいる弁財天、その横に童子がいます。江の島を象徴しています。

階段を登っていくのですが途中にお目当ての一つ、杉山和一総検校之像があります。実は一度素通りしてしまい戻ってきました。ここにあるとはという気持ち。設置されたばかりです。その横には福石が。杉山和一は弁財天の祠へ詣でて、山から下りるときにこの福石につまずいて倒れ、その際に偶然拾った木の葉に包まれた松葉が手に触れ、これをヒントに管鍼術を考案したという話があります。文献上では杉山和一以前から管鍼法は存在していたようですが、現在日本での鍼法における主流である管鍼法を広めたのは間違いなく杉山和一です。はり師にとって偉人中の偉人なのです。

 

階段を登り終えると江島神社辺津宮です。江島神社は3社からなります。その最初。建永元年(1206年)に創建され、現在の社殿は延宝3年(1675年)に再建されたもの。境内には派手な銭洗白龍王があります。これは「天女と五頭龍伝説」に由来したものです。また本殿の隣には奉安殿があります。雰囲気のある八角円堂。これまでその存在は認識していましたが初めて中を拝観しました。更にその隣には八坂神社(江ノ島天王社)が。

辺津宮を過ぎて登っていくと江島神社中津宮へ。仁寿3年(853年)の創建で、現在の社殿は元禄2年(1689年)に再建されたもの。平成8年(1996年)に大改修が行われています。その横には水琴窟があります。水を流すと反響して美しい音色が生じます。

更に登っていくとサムエル・コッキング苑。昼間の入園は無料。夜になるとキャンドルサービスが行われ17時以降の入場は有料です。子どもが小さいときに入ったのですが記憶が曖昧でこんな庭園だったのかと思いました。シンボルの江の島シーキャンドルがそびえたちます。展望台なのですがこちらは入りませんでした。私は高所恐怖症で、長女と登ったときに怖くて機嫌が悪くなり喧嘩してしまったのです。いい思い出がないですし怖いのでやめました。

道の左手にあるのが江の島大師。赤い仁王像があります。ここもあることは知っていましたが近寄ったことがありませんでした。高野山真言宗最福寺の別院として平成5年(1993年)に創建されました。初めて中に入ることにしました。なぜ知らなかったのだろうという圧倒されました。

途中に関東ローム層が剥き出しになった箇所と江ノ島縁起についての解説がありました。何度も通った道ですがこのような案内があることを認識していませんでした。気付きがあります。

山ふたつ」という景勝を左に眺めて進みます。事前に知らなければ素通りしてしまう群猿奉賽像庚申塔を見つけました。市指定重要有形民俗文化財の珍しい四角柱の石塔です。実に36匹も猿が彫られています。

養和2年(1182年)に源頼朝が寄進したとされる石鳥居が見えてきました。江島神社最後の奥津宮が見えてきます。その前に亀甲石力石を確認します。そして山田検校顕彰碑。杉山和一以外にも検校像が江の島にあるのでした。山田検校は山田流箏曲の開祖で、宝暦7年(1757年)に生まれました。盲人の生業として按摩と音楽は双璧です。当院の近所に山勢松韻という箏奏者の人間国宝が住んでいらっしゃいます。三代目山勢松韻なのですが派祖家元の初代はこの山田検校の高弟である初代山勢検校なのです。江島神社奥津宮の本殿は奥にあり近づけません。天保13年(1842年)に再建されました。手前に昭和51年(1976年)に新築された拝殿があるのですが、その天井部分には「八方睨みの亀」があります。江戸時代の画家・酒井抱一が描いた原画は歳月と潮風で金箔等の損傷が激しく、江島神社宝蔵に保存されており、現在天井にあるのは片岡華陽による模写です。

 

奥津宮の隣には江島神社龍宮(わだつみのみや)があります。龍神の岩屋が拝殿となっています。

江の島最深部に向かっていきます。急な階段を降りていくと稚児ヶ淵にでます。隆起現象でうまれた海食台地。この日は波が強く歩けませんでしたが絶景です。そして最も奥にある江の島岩屋です。海食洞窟で杉山和一が修業したことは既に述べましたが、弘法大師日蓮上人も修行したといわれています。また源頼朝が奥州征伐を祈願したとか。何度か入っているはずですが初めてのような衝撃でした。中は長く、石仏が置かれていて。冒険している感覚でした。

岩屋を出ると険しい階段を登って戻ります。足がプルプルしましたが頑張りました。片瀬江ノ島駅まで戻ります。まだ午前中。11時20分発の電車で藤沢へ。乗り換えて新宿へ。

 

予定通りくまなく江の島を巡りました。通ったことの内裏道を見つけて新しいルートも分かりました。本当に発見と気付きがありました。そして過去の経験を振り返ることに。20年以上前から来ている江の島でこれだけの感動がまだあるのだと。一人で巡ったことが良かったのかもしれません。按摩師の流れを汲むあん摩マッサージ指圧師である私。杉山和一の足跡を巡り歴史を感じ学んだ江の島散策でした。

 

甲野 功

 

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