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~『心に折れない刀を持て』~

心に折れない刀を持て ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語 森岡毅 ダイヤモンド社
心に折れない刀を持て 森岡毅 ダイヤモンド社

 

 

あじさい鍼灸マッサージ治療院を開業してから経営関係の書籍をたくさん読むようになりました。経営、経済、マーケティング、会計、経営戦略など。理科系大学を卒業し、技術職のあん摩マッサージ指圧師・鍼灸師をしてきた私。経営分野は苦手でした。大学を卒業して新卒社会人のときは半導体商社に就職。大学の研究室で半導体(青色発光ダイオード)の研究をしていたから。技術職を求めて商社に入社し、そこで営業の基礎を学びました。20代前半当時の私には営業担当がカッコ悪い仕事に映っておりました。経営のことはもちろん経済のことや一般企業のことも毛嫌いしていた自分がいたのです。特に就職した2000年はITバブル(ドットコムバブル)が弾けたときで、経済が悪化するという環境でこれだけ企業は影響を受けるのかと思い知られました。翌年にはアメリカで9.11テロが起きました。先行き不透明というのは今も変わりませんが、会社員になってからの大事件は学生までのそれとは印象が大きく異なるものでした。体調不良に陥った私は2年半で新卒入社した企業を退職しこの業界に足を踏み入れます。

2007年にあん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師の国家試験に合格し臨床現場に出るようになります。苦労してそれなりにできるようになってきた頃に管理職に就きます。そのタイミングで経営コンサルタントが職場の鍼灸整骨院に介入するようになります。そこでピーター・ドラッガーの本を読み、成績のデータ解析をさせられ、役職上は部下にあたるスタッフの教育をし、経営戦略の計画を立てることなどをしました。当時は平日午前中に柔道整復師になるために専門学校に通い、患者さんもみる中でのこと。術者としてもっとやっていきたい(そもそも柔道整復師国家試験を控えた学生の身分でもあった)と願っているのに、求められるのは中間管理職で経営者の立ち回り。そのギャップは埋まらず約4年間務めた鍼灸整骨院を辞めます。この時に経営の初歩的なところを自らの希望と関係なく学べたのは後々助かりました

 

2012年。あじさい鍼灸マッサージ治療院を開業する前に出張専門で独立しました。あん摩マッサージ指圧師・鍼灸師には“専ら出張を業務とする”店舗を持たない開業形式が法律で認められています。このときに個人事業主として歩み始めます。専門学校を複数卒業し、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師の4つの国家資格を持ち、リラクゼーション店から鍼灸整骨院、クリニックと職歴を経ていました。技術面にさほど心配はありませんでしたが会計業務が大いに不安でした。確定申告ができるのか。否応なしに会計の勉強をして数字管理を日々行うようになります。20代前半の時に毛嫌いしていたものを。鍼灸マッサージ専門学校の教員になるための教員養成科に通いながら。そして2014年にあじさい鍼灸マッサージ治療院を開業します。2年間の教員養成科での勉強で更に力を付けたことを実感しての門出でした。もちろんすんなりと上手くいことはなく、経営戦略について学び、悩み、試行錯誤する日々となります。

2014年4月から2016年3月末までの3年間、週一日地方の大学病院で鍼灸師として勤務をしていました。片道2時間半かかります。その通勤時間を経営などの勉強にあてていました。帰宅時は新宿駅で乗り換えるのですが、そこで気になる書籍を買い漁り勉強する。また開業するずっと前からテレビ東京の『カンブリア宮殿』を毎週視聴して経営者の声を聞いていました。その番組で非常に感銘を受けたのが森岡毅氏でした。当時ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の業績をV字回復させた立役者として登場していました。彼の発する言葉が大いに響き著書を買いました。それ以降、森岡毅氏が出した書籍は全て買って読んでいます。小説作家を含めて私が著書を無条件で買うのは森岡毅氏と西野亮廣氏の二人だけです。この二人は経営に関する先生です。

 

今年夏。大阪で万博が話題になるなか、沖縄で新たなテーマパークが開園しました。『シャングリア沖縄』。森岡毅氏が10年もの歳月をかけて実現させた施設です。開園後の炎上騒動がありましたがもちろん経営は今も続いています。この『シャングリア沖縄』をいかに造りあげたのか。それを記した本が発売されました。

 

心に折れない刀を持て ジャングリア沖縄、誕生までの挫折と成長の物語

森岡毅 ダイヤモンド社

 

この本はそれまでのマーケティングノウハウ本とはちょっと異なり、ドキュメントであり、記録であり、一つのプロジェクトがどのように始まり結実したのかを表すものです。森岡毅氏の本を何冊も読みましたがここまで実情をさらけ出したものはありませんでした。また何となく曖昧だった氏の考え方が理解できて腑に落ちた一冊でした。

4度目の年男となり、子どもが育ち、父が亡くなった今。日本の経済や行く末を考えるようになります。これからの日本がどのように進むのかを考えます。少子高齢化は待ったなしで超高齢化社会が来ることは間違いありません。デフレから脱却しインフレに転じたことで物価が高騰しています。戦争に巻き込まれるということが現実味を帯びてきていますし、地震災害もあります。

そのような状況で森岡毅氏が未来に向けて考えていることは。USJで培ったテーマパークビジネスを展開し、諸外国で外国人に働いてもらい、外国人から稼いでもらうというビジネスモデルを考えていました。それは千葉のディズニーリゾート、大阪らのUSJのように。どういうことかというと日本はアニメ、マンガ、キャラクターなどの知的財産(IP)がたくさんあります。サンリオの『ハロー・キティ』は世界中で稼いでいます。今年公開の映画『鬼滅の刃』は全米の記録を更新して国内以上に海外で興行収入を上げています。世界陸上に出場したメダリストはマンガ『ワンピース』のポーズを披露しています。海外にテーマパークを作り日本コンテンツIPのライセンス料を取っていく。毎年ウォルトディズニー社にオリエンタルランド(東京ディズニーリゾート運営会社)がライセンス料を支払っているように。そのスタートが『ジャングリア沖縄』なのです。

 

『ジャングリア沖縄』は1千億級の中規模テーマパークになります。それを複数展開していく。ディズニーランドやUSJのような5千億~1兆円級の巨大テーマパークと違い作ることが比較的容易でそこまで経営規模が大きくない国・地域でも建築可能です。中規模テーマのノウハウがウォルトディズニー社にもユニバーサル社にはなく真似できないと森岡毅氏はいいます。『ジャングリア沖縄』でノウハウと成功実績を積み、他地域でも中規模テーマパークを作り日本のIPで稼ぐという構想。森岡毅氏は、本当はUSJでそれを実現させようとしていました。沖縄でのテーマパーク開業もUSJ在籍時に進めていたのです。

親会社の売却で沖縄計画が白紙になります。株式会社は株主のもの。トップの判断で何年も計画を進めてきた事業が突然無くなる。企業の、大企業の現実です。私は20代前半で企業人を辞めてフリーの身になりましたから、このような事態にあったことはありません。しかし今年亡くなった父はこのようなことを経験しており、50代前半で社内の政治闘争に敗れて求めていた仕事や役職を失います。会社に残る意味はないと、年収が大きく下がっても意に介さず早期退職制度を使い転職をしました。詳しいことを父の著書から知りました。サラリーマンの現実があり、森岡毅氏の状況と相重なりました。森岡毅氏もUSJを退職し『』という会社を起業し、沖縄でのテーマパーク設立に動き出すのでした。中規模とはいえ個人でテーマパークを作るというのは無謀そのものです。資金集め、人材集めが必要。ヒト、モノ、カネ、時間、情報といったリソース(経営資源)が必要になります。それを同じくUSJを去った仲間たちと独立して夢を追い求めていきます。筋書きのないドラマです。

 

まずなぜ沖縄だったのでしょうか。国内では都道府県魅力度ランキングで常に北海道に次ぐ2位をキープする屈指の観光地。人気があるのは明白です。もちろんそれだけではなく長期的な観光需要の伸びしろがあるため沖縄に白羽の矢が立ちました。日本国内でもアジアの富裕層が集まる大都市群から近いのが沖縄。旅行の絶好距離である“移動距離3時間圏内”に3億人がいます。“移動距離4時間圏内”に広げれば20億人という。これは途方もない商圏人口を抱えていると森岡毅氏は試算しています。実際に沖縄返還した年の1972年度では年間旅行者数5万人だったのが、分析をした2011年度には550万人になっています。2025年にはこの数字は遥かに増えています。ハワイと並ぶリゾート地になるポテンシャルがあるといいます。美しい海はもちろんこと、森岡毅氏は”驚異の大森林”が武器になります。沖縄本島北部の「やんばるの森」は2021年にユネスコ世界自然遺産に登録されました。世界に目を移すとこれだけ森林が豊かな国は珍しく、大きな魅力になるのです。更に暑いイメージのある沖縄ですが四方を海に囲まれているため実は猛暑日が少ない。今や本州や北海道よりも真夏は涼しい気候。さらに冬も温かい。異常な暑さの夏の東京や京都よりも過ごしやすいわけです。

森岡毅氏は分析により、沖縄とハワイを比較したときに沖縄に足りないものは「ブランド力」で、その核心は 「コンテンツの量と質」と指摘します。観光客が落とす単価はハワイの半分以下であり、観光コンテンツをもっと増やして滞在日数を伸ばすことが課題。そのために沖縄にテーマパークを作ることを考えます。そこで諸々の条件を考慮して選ばれたのが沖縄本島北部。有名な「美ら海水族館」が近くにあります。北部を選んだ理由としてネガティブなものもあります。沖縄本島観光のメインは南部で交通の便が良くない北部には人が行きません。「美ら海水族館」に行ってそのまま戻ってきてしまう。もう一つテーマパークができれば周遊して滞在時間が延び宿泊する観光客が増えるであろう観光客が増えれば周囲に他の施設が誕生するし公共交通機関が発達、地域にお金が落ちるし雇用も生まれると見込みました。この見立てに私は感心しますし共感します。条件が全く合っていませんが、当院もこの地域のファンになってもらいたいという考えを持っています。電車で来院する患者さんにあじさい鍼灸マッサージ治療院に来る理由を増やす。近隣の神楽坂観光も一緒に。最寄り駅の都営大江戸線牛込柳町駅周辺でも楽しんでもらう。そのために地域のスポットを紹介し続けています。

 

更に広い視点でみるとオーバーツーリズム(観光公害)の問題にも。京都がインバウンド(海外観光客)で混雑して地元住民が迷惑しているという報道がずっとされています。一方で観光客が来なくて困っている観光地は日本にたくさんあります。観光過疎地に魅力ある施設を作り分散させていくことは有効な得策。私の勝手な印象ですが千年間首都(都)だった京都よりも沖縄の方がインバウンドに対する寛容性が高いのではないかと思っています。「ジャングリア沖縄」が成功して他の地域にもそのノウハウが活かすことができれば地域再生に有効な手段になるのではないでしょうか。

 

そうは言っても財源がないという声が出るでしょう。森岡毅氏はベンチャー企業で各スタッフも含めて個人の力で融資、出資を取り付けて「ジャングリア沖縄」を作りました。そして森岡毅氏は本書で述べます。

多くの人は「たくさん投資すると、凄いものができて集客しやすくなって成功する」と考えている。しかし、それは根本的に間違った素人発想だ。真実は、需要は大きければ大きいほど良いが、投資は少なければ少ないほど良いのである。

お金をたくさん使えばいいというわけではないというのです。お客さんの需要よりも多くの投資してしまうとその事業は失敗するのです。大きな需要を少ない投資で創り出すことがテーマパーク経営だといいます。それを実現するためにマーケティングが必要で、ポイントは“消費者理解”だと。東京都心に住む人の沖縄旅行は週末に行ける東京ディズニーランドや大阪のUSJに行くのとは違います。かける費用と時間が圧倒的に違うわけです。沖縄での体験にいながらいつでも行けるそのような施設に貴重な日程を割かないのです。そのため、どの場所に何を作るのかが大切でその選択によって初期投資額が決まるというのです。納得できることで、自分の行動に置き換えてみると。私は京都に頻繁に行きますがそこに求めるのは古都。歴史のある景色と体験。神社仏閣です。新幹線往復代金約3万円を支払い、片道約2時間をかけるのです。グルメはほぼどうでもよく、3万円を払えば東京で大概の食事は体験できます。歴史ある神社仏閣に魅力を感じるのです。京都にある伊勢丹に行く気はなく、新宿の伊勢丹本店がすぐ行けるのです。そう考えると沖縄にUSJを作るのではなく自然体験ができるテーマパークを作るというのは理にかなっています。また投資額を抑えるためにライセンス料の要らない恐竜を採用しています。誰もが知っているが版権のない恐竜。森林とマッチするのです。

 

経営の勉強をして実際にあじさい鍼灸マッサージ治療院を運営していると。コンサルティングの電話が少なからずかかってきます。多くはホームページを作成します、そして経営サポートをします、というもの。この業界(鍼灸院よりも主に整骨院ですが)では以前から悪徳コンサルティングが問題視されています。今年正式に派出されたあはき・柔整広告ガイドラインですが、それを策定するための有識者による広告検討会でもコンサルタントがコンプライアンス違反のことをしていると話題になっています。売上を出すために関係法規を無視したやり方。そもそもあはき法も柔道整復師法もコンサルタントは分かっていないでしょう。どこかで上手くいったと思われるやり方を紹介するだけ。しかも責任は取りません。売上が出ないのはあなたの努力が足りないからというロジック。コンサルタント料を支払わせておいて結果に責任を持たない。過去の職場でそれを経験していて、コンサルタントをしますよと言ってくる人間はすぐさまシャットアウトしてしまいます。

 

森岡毅氏の本業はマーケティングであり、いわばコンサルタント業。その事についても言及しています。従来のコンサルティング業界には2つの典型的な課題があるという森岡毅氏。1つ目は自分たちの効率を良くするために、実質的に戦略を売るだけになっていること。経営戦略は立てるよりも実行する方がずっと難しいわけです。顧客がその戦略を実行・実現する能力が不足しているならば、絵に描いた餅だけを買っていることになります。実現させるためのノウハウが不可欠でありますが、そこに着手していない。この課題は私も体験済で、実行できたら苦労しないよ、という感情を持ちました。言うのは簡単で実行に移し成果を上げるには大きなハードルがあります。2つ目の課題はコンサルタントが離れがたい関係をクライアントに仕込もうとすることです。依存させてコンサルタントが指導しないと成果が上がらないようにする。永久に自分たちを頼るような状態を構築させたい。その方が儲かるからです。更にコンサルタントのノウハウをクライアント側が学習しないようにするのだと。こちらも体験済で職場に入ってきたコンサルタントは洗脳に近い態度をしていると当時の私は感じました。森岡毅氏はこの2つの課題を克服したコンサルタント業を目指して実践していているといいます。

 

他にも投資マインドについて日本人、日本企業が世界のトレンドからずれていることを指摘しています。

 

経営戦略や経済の本を読むとどれも企業向けの組織単位で、動く金額も大きいもの。個人事業主からすると規模が違い過ぎて当てはまらない内容が多々あります。その点、森岡毅氏のやってきたことは個々人の能力に成り立ったベンチャーです。USJでは会社の方針転換で進めていた計画がとん挫。独立したら新型コロナウィルスにより観光業が壊滅状態へ。見通しができたと思ったらロシアのウクライナ侵攻により資材の高騰と経済不安。度重なる逆境に対して個人の胆力で乗り越えてきました。最終的にノウハウよりも精神力が成果に繋がったということが本書を読むと分かりました。もちろん能力は必要で根性だけでどうにかなるものではなく。優れた能力があった上での精神力。現在進行形のドキュメントとして活力をもらった本でした。

 

甲野 功

 

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