開院時間
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

国内はおろか世界的にも名が知れるようになった東京都新宿区神楽坂。江戸時代から栄えたかつての花街は数年前に世界のクールなストリート33選に選ばれました。国でもなく、都市でもなく、ストリート(通り)です。非常に細かく、東京でも、関東でも、日本でもなく、世界中の通りから。無限にある選択肢から選ばれるというのも誇らしいと通り越して信憑性を疑うほどです。
生まれも育ちも新宿区。神楽坂は生活圏内でそれこそ庭のよう。特に東京理科大学に入学すると神楽坂キャンパスでしたから毎日神楽坂周辺にいました。大学卒業後も神楽坂に頻繁に行きます。今は各種銀行ATMに仕事がら行かないといけないので神楽坂には恒常的に出かけます。
神楽坂にはたくさんの観光スポットがありますが、地元住民だからこそ知っている(気付いている)些細な場所があります。例を挙げると伏見火防稲荷神社です。
伏見火防稲荷神社。名前だけ聞くと非常に立派な社殿があるように思うかもしれません。神楽坂に何度か訪れたことがある人には赤城神社や毘沙門天(善國寺)は知っているがそんな神社があったかな?と思うかもしれません。目抜き通りから路地に入ったところに小さな社があるだけです。しかしよく見るときちんとしていて興味深いものです。
場所はJR飯田橋駅を出て外苑東通りを渡り、メインストリートとなる神楽坂通りの坂を上っていきます。神楽坂下と言われるテレビで特集されるエリア。坂を上り切り、毘沙門天の2つ手前の細い道を左に曲がります。カルボナーラ専門店『HASEGWA』の正面にあります。その先を進むと我が家がお祝いでよく利用する『鳥茶屋別亭』があります。ここは見番横丁(けんばんよこちょう)という通り。神楽坂は細かい路地裏が有名で、神楽坂通りの反対側には石畳の路地が広がり、かつて芸者さんが多数いました。昭和の大物政治家、故田中角栄も神楽坂に通ったのは有名な話。毘沙門天側の裏路地はあまり注目されていなかったのですが平成23年(2011年)に新宿区が芸者衆の手配や稽古を行う「見番」が沿道にあることからこのように名付けられました。伏見火伏稲荷神社の横には東京神楽坂組合稽古場があります。少し前にNHKで放送された『ブラタモリ』神楽坂特集ではこの場所から番組が始まっています。神楽坂花柳文化が今も残る場所に火防稲荷神社があります。
御祭神は正一位稲荷大神。稲荷神社ですので。由緒は調べましたがよく分かりませんでした。ホームページも見つかりませんでした。江戸時代末期となる安政3年(1857年)の地図によれば、かつて穴八幡宮の御旅所だったそう。穴八幡は早稲田にある神社のことで流鏑馬が有名です。御旅所(おたびしょ)というのは神幸祭の祭に御神輿の中の神様が休息をするための場所のこと。安政という年号は“安政の大獄”のもの。黒船来航から情勢が混乱し明治維新に進んでいく頃。そう考えると比較的新しくお稲荷様を勧請したのではないでしょうか。稲荷神社の総本山は京都の伏見稲荷大社。伏見がつくので伏見稲荷大社に関係するのかもしれません。
火防神社というのは字のごとく火災を防ぐ神社。火伏神社と同じでしょう。火災を防ぐ神社として有名なのは愛宕神社や秋葉神社がそれにあたります。江戸時代に江戸の町は何度か大火災に見舞われています。現在でも家屋が密集していますし、料亭は料理で火を特に使いますから火事が起きやすい。火災防止の火防神社を祭るのは納得です。
社にはお稲荷様らしく白い狐があります。朱色の鳥居に立派な扁額。正面の玉垣には向かって左側に「東京神楽坂組合」、右側に「神楽坂三丁目自治会」と朱色で記されています。神楽坂は住所でいうと1丁目から6丁目まであり、伏見火防稲荷神社があるのは3丁目。各丁目で特色があるのでそのうち触れるかもしれません。東京神楽坂組合は、神楽坂地区の料亭と芸妓からなる団体で、隣に稽古場があります。かなりかすれていますが玉垣にたくさんのお店の名前が刻まれています。
本当にさりげなくある社。神社仏閣が好きでないと見過ごしてしまいそうです。私が幼い頃からずっとあったはずですが、存在を認識したのは大人になってから。あまりにも日常と町に溶け込んでいました。地元を大切にするようになってからその存在を感じとった伏見火防稲荷神社。神楽坂を散策したら見つけてみてください。
甲野 功
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