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~本当に昔は良かったのか?~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 院長幼少期の昭和50年代
幼少期の昭和50年代

 

 

令和8年になりました。西暦2026年。今年は丙午(ひのえうま)という60年に一度の年。この年に生まれた女性は男性を食い殺すという云われがあり、60年前、120年前は出生数が見事に下がっていました。今はそんなことを気にすることはないでしょうし、気にして出産を来年にしようと考慮する余裕はないでしょう。令和になって8年、21世紀になって四半世紀。思い返すと時間が経ちました。昨年四度目の年男を迎えた私にとって。

 

今と違って昔は良かった』、『あの頃は楽しかった』。そのように話をする人がよくいます。そして繋げるように、『今の日本はダメになった』と語ります。いわゆる『最近の若者は・・・』というのと同じ。過去を引き合いに出して現在の悪い点を指摘する。これは高齢者に限ったものではなく、私と同世代の人や、私よりもずっと若い世代からも聞かれることがあります。

そのとき私はいつも頭の中でこう呟きます。『本当に昔は良かったのか?』、『令和の現在よりも果たして良かったのか?』と。

何故かというと、皆が語るほど昔は良かったとは限らないだろうと考えるからです。私は50代が目前となった昭和52年(1977年)生まれ。それなりの人生経験をしてきました。だいたい昭和60年代から(1985年以降)の記憶がしっかりと残っています。ぎりぎり昭和50年代の新宿区、新宿駅、日本をうっすらと覚えています。また私の両親が戦前生まれなので戦中、戦後の話もそれなりに聞いてきました。昨年亡くなった父が残した自伝からより詳しいことを知りました。父が戦前の東京府に生まれ、満州で暮らし、東京に戻り防空壕に隠れて空襲を逃れ、奥多摩に疎開し食糧難で大変だった。戦後の混乱、学生運動。肉親の実体験を記した手記からよりリアルに戦前・戦後からの日本を感じました。これらの知識と自らの記憶と体験を顧みても、昔は現在よりも本当に良かったとは一概に言えません。

 

私の記憶。昭和50年代終わりから60年代の昭和末期。今よりも子どもの娯楽は少なく、いじめや格差は表面化していました。小学生当時。家庭の金銭事情がはっきりと子どもに現れていました。バブル期を迎えていた日本。私の住む地域には銀行の社宅が多数あり、銀行員の子どもははっきりと裕福だと見た目にありました。今のようなファストファッションがない時代。子ども服は非常に高価。良い子ども服はとても値が張ります。私の生まれ育ったエリアは近くに新宿があります。伊勢丹で買い物するのは日常のこと。すぐに成長して着られなくなる子どもの服装にお金を掛けられる家庭とそうでない家庭ははっきりしていました。当時は知りませんでしたが小学校の同級生で親は毎日、社用車で迎えに来て出社していたという人もいました。今は服装で貧富の格差を感じる小学生はいないでしょう。

 

持物でも家庭格差は表れていました。ファミリーコンピュータ(ファミコン)が登場した頃。本体はもとよりソフトも1本4~6千円しました。ファミコンが家にあって、かつソフトもたくさんある。家庭環境の差が出ます。方針で買わないという家庭もありましたが、疎外感が強くなるので相当な親の信念がないと与えないという選択肢がありませんでした。ソフトを盗んだ、取られたという問題が小学校で起きました。ビックリマンチョコが大ブームだった時も裕福な家庭は箱買い(当時1個30円で40個まとめて1200円の箱セットがありました)していました。シールが欲しいだけなので本体のチョコが余るので周りにあげてしまうのです。そもそも大ブームで一人3個までとお店で決められているケースが多く、お金以前にどうやって個人が箱買いできたのか分かりません。

なおビックリマンチョコの問題はたくさんあり買ってシールだけを抜き取りチョコをゴミ箱や道端に捨てる子どもが続出。近所でよく見られた光景です。私は小学校4年生か5年生のときに新宿駅から帰るバス賃が無くて歩いて帰宅したことがありました。その際に途中で落ちていたビックリマンチョコを食べて飢えをしのいで帰宅したのです。包装からも出さない状態で花壇に捨てられていました。令和の小学生でこんなことはまずありえません。凄く悪い一部の子どもがしていたというわけでなく、割とみんなやっていたのです。もっと酷いのはスーパーのお菓子売り場で売り物からシールだけを抜き出す手口。万引きと一緒です。窃盗。

万引きといえばスーパーで万引きをする小中学生がいて、スーパー内で名指しで指名手配されていた人もいました。私も知っている同じ学校に通う子。ここまではレアケースですが、今では考えられません。

 

今のいじめは陰湿だといいます。SNSでの無視や晒し。しかし、堂々と暴力を振るっていた昭和末期と比較するとどちらがマシなのでしょう。先生も子どもを叩く・殴るというのは珍しいことではありませんでした。私は中学校までは教師が平手打ちする、げん骨を食らわせるというのはよく見ました。現在はもちろん暴力は絶対禁止です。それは良いのですが学校の先生が生徒に触ることもできないので、校内で暴れた生徒がいると最悪、警察に通報して対処してもらいます。保護者に先生は不必要に生徒に触れることはしませんと約束していますから。取り押さえることも憚れます。またスマートフォンにより盗撮が横行しています。原則小学校にスマートフォンは児童が持ち込むことはできません。反対に大人である教師はOK。そして教師が児童を盗撮してその画像や動画をSNSの秘密グループで共有するという事件。当たり前ですが昭和、平成初期には無かった(やることができなかった)わけです。

 

毎年のように猛暑、酷暑、異常気象と夏に報道されます。早ければ5月から熱中症対策を呼び掛けています。9月、10月まで対策が必要。私は小学校のときに朝の朝礼で、校長の長時間のお話のため、何度も貧血で倒れました。保健室に連れていかれるのは一度や二度ではありません。保健室に入ったら、先に倒れた姉が先に居たということも。当時は貧血で倒れる児童のことを考慮することはほぼなく、体が弱い(少数派の)子どもが悪いという空気間。多いときで二桁に手が届きそうな児童が貧血で倒れていたのに校長先生の話を短くするという対策はありませんでした。令和の今では熱中症対策をしっかりしてくれます。部活動で水を飲むなという時代を経験してきた私にとって、本当に良くなりました。

私が小学生だった昭和末期。現代よりも遥かに弱者・マイノリティーに厳しい時代でした。多様性という概念は皆無。右にならえ、長い物には巻かれろ、という。よく私は語りますが、当時はプロ野球人気が凄まじく男児は全員プロ野球ファン(でなければならない)という環境。野球を観ない、やらないというのは非国民のような扱いを受けます。球技全般が苦手でプロ野球に興味がなかった私は辛いことが多かったです。未だに根にもつくらい嫌な思い出です。

 

性的マイノリティにも理解のない時代で、今では差別用語とされる言葉がテレビで飛び交い、面白いネタとして扱われていました。それは日常の子どもも大人も一緒です。新宿三丁目や歌舞伎町がある新宿区ですらそうでした。おニャン子クラブが「セーラー服を脱がさないで」を歌う姿を観た中学生の娘は気持ち悪いと嫌悪感を露わにします。

 

昔は良かった、それに引きかえ今は酷くなった。そう言えるのは力のあった者だけ。暴力、権力、財力。それらがあって、今はそれを失ったか減ってしまった者。そういう人が過去の栄光を懐かしむ。そのように感じます。私のようにプロ野球を観ないせいで虐げられた人間にはゴールデンタイムに巨人戦が生中継されていない現状に不満がありません。昭和でプロ野球を観ていた人間があの頃は良かったというのでしょう。そして私のようなプロ野球ファンが迷惑をかけていたという自覚もないでしょう。今ではプロ野球はネットや有料サイトで全試合観戦することができます。各チームに熱烈なファンがいて、エラーした選手に暴言を吐くこともないでしょう。儲かっていれば何をしても良い、ノリが良ければ大丈夫、という時代からコンプライアンス遵守の時代になりました。それは許されない。だから新宿区河田町にあったテレビ局が今苦境に立たされているわけで。日本トップの芸能事務所が解体して社名変更することになり。

 

昔は良かった今は悪いと嘆く人間はもうあの頃と同じことをしなくてよいという状況だから、そう話しているように思います。『俺らの頃はこれだけ大変だった』、『今はぬるい』、『けしからん』と言う。では『同じことをこれからやってください』というと『それはできない』と言うわけです。残業月120時間で働いてください。水を飲まずうさぎ跳びでグランドを10周してください。先輩から目が合ったという理由で殴られてください。こういったことを今もやりますという人はいません。若くないし、今はアウトでしょ、と断る。もうやらなくていいという安全圏に居るから、昔は良かったと言うのではないでしょうか。また苦しい状況を乗り越えて生き残ったから言えるのではないかとも。体や心が壊れてしまった人は、昔は良かった、など言いません。傷ついても耐えられた人、あるいは傷つける側だった人の言い分。今に不満があって過去の栄光にすがりたいから、あるいは自慢したいから昔は良かったと言いたいのではないでしょうか。

 

あらゆることが便利に改善してきた結果が“今”なのだと思うのです。ビジネスの基本は困ったこと、不便なことを解消することです。人間は、人類は、不便な方向に戻ることはありません。昔は良かった、というのであればその時代に戻ってみたら?と言い返したくなります。スマートフォンもクレジットカードもAIも無かった時代に。昔は良かったのは体力、気力、若さがあったからではないでしょうか。それらがあるから今よりも不便であっても乗り越えられた、苦にならなかった。だから昔は良かったと感じるのではないでしょうか。そして、絶対に過去に戻ることができないから、昔は良かったと思うのではないでしょうか。タイムマシンが実現したら別ですが、今のところ過去に戻ることは不可能です。美化された記憶にしかないからそのように話すように感じます。

 

過去を顧みて明日に活かすことはとても重要です。しかし、あの頃は良かった、昔は良かった、といつも語るのは終了した変えようのないものに意識が向いている状態。今この瞬間こそが全盛期。そのような気持ちで過ごさないと人生が終わるように感じています。

 

甲野 功

 

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