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~鎌倉甘縄神明神社~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 鎌倉甘縄神明神社
鎌倉甘縄神明神社

 

 

古都鎌倉。神奈川県にある日本で最初に幕府が誕生した地。私は箱根が好きですが鎌倉にもよく足を運びました。特に長谷寺の十一面観音菩薩立像は大切で、人生の節目に参拝したものです。鎌倉には紫陽花の名所がたくさんあり、長谷寺は明月院と並ぶ有名なスポット。それを差し引いても大切な場所です。

古都鎌倉には神社、お寺が多数あります。その中でも最も古い神社はどこでしょうか。それは甘縄神明神社です。「あまなわしんめいじんじゃ」と読みます。鶴岡八幡宮銭洗い弁天佐助稲荷といった有名な神社に比べると知名度が低いのではないでしょうか。私も甘縄神明神社を知ったのはかなり後のこと。テレビ番組で知りました。今回はその鎌倉最古の神社を紹介します。

 

鎌倉観光完全ガイド 甘縄神明神社

 

場所は私が大切にしている長谷寺の近く。鎌倉文学館の横にあります。最寄り駅は江ノ電長谷駅。鎌倉駅からも歩ける距離。山の方に向かい住宅地にあります。創建は和銅3年(710年)。奈良の平城京ができた年です。高僧で知られる行基が草創し、後に染屋時忠が社殿を整えたと言われています。行基は飛鳥時代から奈良時代にかけて活動した日本人僧侶。当時、仏教を民衆へ直接布教することを禁止される中、禁を破って民衆や豪族など広く仏教を説きました。また困窮者救済などの社会事業を指導しています。僧侶の最高位である大僧正に日本で最初になり、聖武天皇に奈良東大寺の大仏造立責任者として招聘され、東大寺四聖の一人に数えられます。染屋時忠は、藤原鎌足の玄孫であり東大寺大仏を建立した良弁僧正を父にもちます。鎌倉に住んだ豪族であり、“由比の長者”と呼ばれていました。ただしいくつかの伝承が残っているだけで、実在の人物かどうかは不明という説もあります。

 

主祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)で、配祭神が倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、菅原道真(すがわらのみちざね)。天照大神は伊勢神宮内宮の主祭神で天皇家の先祖にあたるとされる神様。倉稲魂命は五穀豊穣の神、伊邪那美命は天照大神の母で国生みの女神、武甕槌命は武神、菅原道真は実在した人物で怨霊となり祀ることで学問の神様となりました。歴史があるので様々なタイプの御祭神がいます。また伊勢神宮の別宮として創建されたという説があり、かの鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、甘縄人名神社が伊勢別宮として触れられた記載があるとのこと。更には、かつて甘縄神明宮や甘縄神明社などと呼ばれていた時代があり、現在も甘縄神明宮表記が残っています。なお昭和7年(1932年)に社号は「神社」に定まりました。

「甘縄」という聞きなれない名称は何を意味するのでしょうか。これは鎌倉の長谷周辺における古い地名。また「甘」は海女を表し、「縄」は漁に用いる縄を意味するとする説もあるそう。

 

源氏に縁があり康平6年(1063年)に源頼義、永保元年(1081年)に源義家によって社の修復が行われました。源氏の氏神として崇拝されます。『吾妻鏡』によれば、文治2年(1186年)に修理・建築が終わり、源頼朝北条政子と共に参詣したことが記されています。

時代が下り明治20年(1887年)に長谷寺の鎮守である五社明神が移設・合祀されました。大正12年(1923年)に起きた関東大震災により甚大な被害を受けます。現在の本殿や拝殿は昭和12年(1937年)に再建されたもの。

 

甘縄神明神社は鎌倉らしい山を登っていく境内になっています。寺社ともに多くが斜面に造られています。石の鳥居とくぐると右手に源頼朝の忠臣「鎌倉殿の十三人」の一人、安達盛長の邸宅跡を示す石碑があります。まっすぐ伸びた石段を登っていきます。途中に「北条時宗公産湯の井」があります。これは鎌倉時代の英雄、北条時宗が誕生した際に使われたとされる伝承の井戸。登った先にある拝殿は平入り形式。高台で由比ヶ浜を望めます。拝殿の奥には本殿があります。本殿は回り込まないと見ることができず一般の人は近づけません。拝殿横の石階段をのぼると秋葉神社があります。秋葉神社は火伏。拝殿前の階段途中には五社明神。五社明神は長谷寺の鎮守。境内にある大きなタブノキは「鎌倉と三浦半島古木・名木50選」に選定されたもの。自然豊かです。

 

甘縄神明神社にまつわる文学があります。ひとつは『万葉集』巻14にある作者不明の和歌。境内に歌碑が建てられています。そして文豪川端康成。川端康成は昭和21年(1946年)に長谷の家に移り住みました。昭和29年(1954年)の小説『山の音』に登場する鎌倉の家は近辺がモデルとされています。作中にある裏山の神社はここをモデルにしていると。近くには 川端康成記念館(非公開)があります。

 

観光客には知られていないので静かです。険しい山と海に囲まれた鎌倉の地形を感じられるロケーション。通好みの神社です。

 

甲野 功

 

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