開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

先日は江島杉山神社を参拝しました。この神社は東京都墨田区にあります。杉山和一という江戸時代初期を生きた盲目の鍼師、按摩師を神様として祀った神社。名称は杉山和一の杉山ですがその前の江島は神奈川県藤沢市江の島のこと。ここにある江島神社を勧請したもの。江の島には江島神社が鎮座しています。一方で江の島には、かつてお寺がありませんでした。かつてというのは、現在は存在するということ。そのお寺ができたのは平成5年(1993年)のことですから、神社仏閣で考えるとごく最近のこと。弘法大師空海が訪れたとも伝わる江の島になぜお寺が無かったのでしょうか。
それは明治維新後に起きた神仏分離令。それまで神道と仏教が融合し、神も仏も同一視してきた神仏習合の考えを捨て、別のものとする政策。江戸幕府が倒れ西洋列強に追いつくために富国強兵を推し進める明治新政府は神道を推奨して国をまとめようとしたためと言われています。この時期、廃仏毀釈といって仏像や寺院の破壊が各地でおきました。江の島には元々弘仁5年(814年)に空海が社殿を創建したことを起源とする金亀山与願寺がありました。神仏習合のもの。ところが明治に入ると与願寺の神道部分は江島神社となって存続するのですが、仏教の方は廃寺となります。
今回は江の島にある唯一のお寺、江の島大師を紹介します。
江の島唯一の寺院、江の島大師は最福寺の別院です。最福寺は九州の鹿児島県にあり、空海の真言密教のお寺。正式名称は烏帽子山最福寺で室町時代から500年以上続いています。その最福寺関東別院として江の島大師は創建されました。昭和39年(1964年)に廃業した旅館「江の島館」跡地に、平成5年(1993年)に建てられました。場所は江の島でもかなり奥の方にあります。サミュエルコッキング苑を越えて島の端の向かって進んでいくと左手に現れます。外観はお寺ぽくなく、ずっと前からその存在は認識していたのですがお寺だとは思っていませんでした。これまで数えきれないくらい江の島に行っていますが、境内に入ったのは昨年11月が初めてでした。
木製のいわゆる山門(三門)はなくコンクリートの門。本堂も円形の建物で何かの施設のよう。門の先に真紅の仁王像が野ざらしであります。仁王門でもなく。外に仁王像があること自体とても珍しく、そのため仏像が好きな民家なのかと思っていました。建物も、屋根に突き出た相輪に気付けは仏教施設だと分かるのですが意識しないと見落としてしまいます。境内はもちろん、本堂に誰でも無料で見学できます。しかし観光客はほとんどいません。あの有名観光地、江の島でも人が寄り付いていない。何となく足を踏み入れるのを躊躇してしまいます。ところが、いざ入ってみると想像を超えた光景が広がっていました。
門をくぐると階段を下りていきます。神社もそうですがお寺で本堂が境内を下って行った先にあることはほとんどありません。入口から見上げるようにあるのが一般的。せめて平地。これだけでも異例です。江の島大師の創設者、加藤小明氏の像があります。加藤小明氏は出版社「金花舎」の設立者。真言密教寺院を再興するために創建事業を立ち上げ、この江の島大師を創建したのです。江の島は弘法大師空海と縁があり、江戸時代まではお寺があったわけです。江の島大師の開山和尚に高野山真言宗池口恵観大僧正を迎えました。
本堂はとても広く天井が高いです。御本尊は不動明王。赤い色をしているので赤不動と呼ばれています。その大きさは高さ6m。室内にある不動明王像としては国内最大級を誇ります。明かりを採り入れない本堂は昼間でも薄暗く、奥にステンドグラスがあり、幻想的というか怖いような雰囲気です。周りには地蔵菩薩像、慈母観世音菩薩像、不動尊の眷属童子像といった仏像が多数置かれています。ここで護摩行を行うことができるそうです。
本堂を出ると資料室があり、階段を下っていきます。階段には刺繡仏画が展示されています。江の島の崖に作ったのか奥に進めば進むほど下に下がります。鉄筋の近代建築でお寺の雰囲気が中にもありません。写真撮影ができないので画像がありませんが、凄く異例な感じがしました。
江の島は大人気観光地で大勢の観光客がいます。しかし江の島大師は別世界のよう。あれほど立派な不動明王像はなかなかお目にかかれません。神社仏閣に慣れた私でも経験のないタイプの寺院でした。江の島を訪れる際には覚えておくといい場所です。
甲野 功
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