開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
休み:日曜、祝日
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

先日の2026年2月21日に第34回あん摩マッサージ指圧師国家試験が、翌2月22日に第34回はり師国家試験、第34回きゅう師国家試験が行われました。私も約20年前に受験をしています。今年のはり師きゅう師国家試験は難しかったと話題になっています。はり師、きゅう師は国家資格として分かれていますが、多くの人が両方を一度に受験します。各10問しか個別問題がなく、残り160問が共通になっています。
国家試験前になると杉山和一のお墓にお参りにいく受験生が関東では多いのです。杉山和一。江戸時代に生きた盲人(視覚障害者)の鍼師、按摩師です。慶長15年(1610年)に伊勢の国に誕生した杉山和一は幼少の頃に失明してしまいます。視力を失った者は音楽、按摩、鍼のいずれか仕事に就くのが一般的だった時代。杉山和一も高名な鍼師のもとで学びましたが覚えが悪かった。現在の神奈川県藤沢市にある江の島の岩屋(洞窟)に21日間籠って修行します。そして管鍼法という新しい技術を生み出したといいます(※現在の調査によると杉山和一以前からこの技術はあったようです)。中国からもたらされた鍼技術。当初は鍼そのものを持って体に刺していました。中国よりも湿度が高く皮膚が繊細な日本では細い鍼が好まれました。細い柔らかい鍼は刺すのが難しいのです。それを細い管に入れてガイドとして刺すという方法が管鍼法です。この技術により杉山和一は鍼の名人として大成していきます。その腕は時の江戸幕府5代将軍、徳川綱吉にも届きます。領地を拝領し世界初の視覚障害者向け職業訓練施設を創設します。また視覚障害者の互助組織である当道座において、関東を差配する関東総禄検校の位に就きます。当道座の最高位が検校です。そのため杉山和一検校と称することもあります。
我が国における杉山和一の存在はあん摩マッサージ指圧師、鍼灸師の中でも神格化されています。日本人の鍼灸師はほとんどが管鍼法を用います。また本当に神様として墨田区の江島杉山神社で祀られています。国家試験を前にした受験生は杉山和一のお墓や江島杉山神社にお参りして合格祈願をするのです。私も学生時代に江の島まで出向いて杉山和一の墓をお参りしました。
実は杉山和一の墓は2ヵ所あります。一つは江の島。
藤沢市観光公式ホームページ 杉山検校の墓 | 観光スポット-江の島
江の島と杉山和一は深い関係があります。最初に書いた通り杉山和一は江の島の岩屋で修業し、弁財天を崇拝していました。石に躓いたことで管鍼法を思いついたという逸話があり、その石、福石が今も江の島にあります。江戸に住んだあとも足繫く江の島弁財天を参拝していた杉山和一。死後、江の島弁財天を勧請し杉山和一ともに祭ったのが現在の江島杉山神社です。杉山和一の墓は縁のある江の島に作られます。一周忌の命日、元禄8年(1695年)5月18日に建立されました。現地に行くと墓地で他のお墓もたくさんあります。海を臨む位置にあり、観光客はほとんど寄り付きません。静かに眠っています。
杉山和一の墓といえば江の島で、我々の中ではとても有名です。江の島観光がてら合格祈願にお参りすることが多いです。杉山和一が籠った岩屋とともに、あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師ならば一度は訪れた方がいい場所といえるでしょう。
江の島以外にももう一つ杉山和一の墓があります。こちらはあまり知られていなくて、私も数年前に知ったのでした。今月やっと訪れました。江島杉山神社から歩いて10分弱のところにある弥勒寺にあります。杉山和一は亡くなるとその遺骸は徳川綱吉の側用人牧野成貞の菩提寺である弥勒寺に葬られたのです。
公益財団法人杉山検校遺徳顕彰会ホームページ 江ノ島杉山和一の墓所
本当に知られていなくて、鍼灸マッサージ専門学校教員免許を持っている私でもその存在を聞いたことがありませんでした。教員養成科にいたら耳にするとは思うのですが。現地にいくと住宅地に弥勒寺はあり、杉山和一の墓も立派ではありますが特に目立った感じではありませんでした。墓碑は表面には「前惣検校即明院殿眼叟元清権大僧都元禄7甲戌年5月18日」と彫られているそう。裏面には「施主 杉山安兵衛重昌 三嶌惣検校安一 元禄8乙亥年5月18日」。元禄7年(1694年)5月18日に亡くなり、1年後の元禄8年(1695年)5月18日に三島安一検校が建立したことがうかがえます。なお江の島の墓も三島安一が建立しています。
墨田区と江の島の2ヵ所に杉山和一の墓があります。どちらもお参りできて良かったです。
甲野 功
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