開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
土: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)
休み:日曜、祝日
電話:070-6529-3668
mail:[email protected]
住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

私の持つ国家資格、あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の免許。これらは国家試験に「東洋医学概論」、「東洋医学臨床論」という科目が出ます。国家資格ということはもちろん国が管轄する資格免許。この場合、国とは厚生労働省をさします。厚生労働大臣が免許として認定するのが上記3資格です。はり師、きゅう師は同時に受験することがほとんどなので両方の資格を持つ者が多く、一般的には鍼灸師と認識されます。あん摩マッサージ指圧師と鍼灸師は国家試験レベルで東洋医学を学びます。
現在、医学部でも漢方薬を学ぶために若干東洋医学を学ぶようですが、もちろん重要視されるのは西洋医学、現代医学です。あん摩マッサージ指圧師、鍼灸師の勉強も7割以上が現代医学になると思いますが、東洋医学を学ぶことは必須で、国家試験で習熟度を試されます。我が国において、国レベルで東洋医学を学ぶのは、かつそれが国家試験という形で理解度をチェックされるのは、あん摩マッサージ指圧師と鍼灸師だけです。
東洋医学は東洋思想を基盤として成り立っています。東洋思想とは何かを定義するのは非常に難しいのですが、伝統的に、古くからある体系的にまとまった考え方で、主に東アジア地域のもの、といったところでしょうか。東洋医学は広義にはインドや中東の伝統医学も入ります。日本人としてはやはり鍼灸、漢方が東洋医学というイメージが強く、地域としては主に中国、韓国(朝鮮半島)、日本ではないでしょうか。世界的に鍼灸が盛んな国は日本・中国・韓国とされています。現状がどうかはさておき、歴史と伝統があるのがこの3国。北朝鮮は国の事情から情報があまり出てこないので何ともいえません。鍼灸、そして按摩(あん摩マッサージ指圧師の按摩)は中国から朝鮮半島を経由して日本に入ってきたのは確かでしょう。中国大陸から直接導入されたものもあるかもしれませんが。そして中国、韓国、日本で各風土・文化によって独自の発展をしてきました。それらの根本にあるのが東洋思想となります。
具体的に何かというと私の考えは“陰陽五行論”(陰陽五行説ともいう)になります。陰陽五行論が東洋医学の基本中の基本で、その理論が東洋思想に基づいていると。
それでは陰陽五行論とはなんでしょうか。これは元々別にあった“陰陽論”と“五行説”が組み合わさったものです。だから陰陽五行論といったり陰陽五行説といったりします。末尾は陰陽論の論をとるか、五行説の説をとるか。
陰陽論は万物を陰と陽に分けられる、分けるという考えです。上と下、男と女、北と南、外と中、などなど。個々に挙げた例はどれも最初が陽で後が陰に分類します。そして陰陽論において陰陽の区分は絶対ではなく相対的なものであり、量が変化し、時に区分が逆転することもあります。これを陰陽消長とか陰陽転化といいます。陰中の陽とか陽中の陰というように陰の中にも陽の要素があり、その逆も、という考えもあります。韓国の国旗になる赤と青の勾玉が組み合わさった丸い図柄が陰陽太極図で、陰陽論を表しています。
五行説は何かというと万物は5つの属性に分けられるという考えです。具体的には木、火、土、金、水の5グループ。色だと青、赤、黄、白、黒。方角だと東、西、中央、南、北。季節だと春、夏、長夏、秋、冬。そしてある属性はある属性を生む関係があり循環する、これを相生関係といいます。ある属性はある属性を抑制する関係があり循環する、これを相克(相剋)関係といいます。あわせて相生相剋関係といいます。
陰陽論と五行説を組み合わせて生まれたのが陰陽五行論なのです。陰陽が2属性、五行説が5属性。陰陽五行論は日本の伝統に根付いています。2×5で陰陽五行論だと10パターンになります。これが十干というもの。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸というやつです。数字にも陰陽があり奇数が陽で偶数が陰です。五行説の5は陽で6が陰になります。東洋医学では五臓六腑を使いますがまさに数字の陰陽(奇数と偶数)と臓腑の陰陽(※臓が陰、腑が陽になる)が合わさっています。2×6で12パターンにしたものが十二支です。今年は午年ですね。更に2×5×6で60パターンにしたものが干支です。十干と十二支を組み合わせて干支。甲子から始まり60年で一周するので60歳を還暦といいます。今年は丙午の年で、この年に生まれた女性は男を食い殺すという迷信がありました。
このように東洋思想たる陰陽五行論は日本の日常に溶け込んでいます。更にいえば日本語にも組み込まれているのです。
例えば青春という言葉。なぜ青い春というのか。これはどちらも五行説で木のグループにある言葉です。人生の始めの時期ということで青春。当たり前になっていて疑問を持たないでしょうが春という季節に色がついているのはこういう意味があります。
今回、特に注目してほしいのが『失神』という言葉。意識を失うことを失神といいます。言葉をそのままみると「神を失う」になります。なぜ神が登場するのでしょうか。神様を失う?そんな疑問は持ったことがないでしょうか。この場合の「神」とは何でしょうか。仏教徒ならお釈迦様のことでしょうか。キリスト教ならイエス・キリスト、ユダヤ教ならヤハウェイ、イスラム教ならアーラーになることでしょう。神道の日本なら最高神とされる天照大神のことでしょうか。そうではありません。神様の神ではないのです。
人間の身体や機能について神という文字を使うものが他にもあります。例えば『精神』、『神経』。これらに用いられる神は失神を含めていずれも“いわゆる神様”とは違った意味での「神」が使われているのです。それは東洋思想の概念からなのです。
東洋思想において「神」の概念は中国の鬼神思想が発端とされます。鬼神とは“神(表の世界を支配するもの)”と“鬼(「うら」あるいは「かげ」の世界を支配するもの)”という対立構造。鬼神は「鬼の神様」ということではなく鬼⇔神という陰陽関係にあります。このような概念を人体に導入し、知覚活動や思考、判断などの精神活動をするものを「神」としました。もちろんいわゆる神様のことではなく、“心に蔵されている精気”というように表現されます。ここでいう心(しん)とは臓器の解剖学的な意味での心臓(しんぞう)とは違います。東洋医学の「五臓六腑」と称される、身体の機能システムの意味になります。いわば“心グループ”。東洋医学の五臓六腑は五臓が肝、心、脾、肺、腎のことで六腑が胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦のことをいいます。各々解剖学的な内臓とは対応しません。三焦にいたっては存在しません。近年の研究で筋膜(ファッシア)が三焦ではないかという説もありますが。
その心にある精神活動を司るエネルギーみたいなもの(精気)が「神」です。細かくいうと五臓それぞれに対応する精神活動を総称して「五神」といいます。具体的には魂、神、意、魄、志で前から順番に五臓(肝・心・脾・肺・腎)に宿ると考えます。肝なら魂、腎なら志というように。「五神」の中に「神」が入るのでややこしいのですが、すなわち五神の中で神が一番上位の存在であり、意識・精神活動の統括・思考などを司ります。五神を詳しく説明すると話が逸れますが面白いです。この「神」はいわば生命現象そのものであり、全ての生体の活動を支配していると考えられているのです。だから心にある「神」が最も大切。その「神」が少なくなると精神不安定な状態、あるいは錯乱し意識不明の状態などになる。「神」が失われた状態、すなわち意識がない状態、それを失神というわけです。
余談ですが経絡治療という伝統的な鍼灸の技術では臓の虚(エネルギーが足りなくなって弱っている状態)に注目します。肝虚、脾虚、肺虚、腎虚。ここで心虚は存在しないと考えます。心が虚しているときは死んでいるので考える必要がないというわけです。心の虚とは「神」が失われている状態で生命活動を維持していない。極端にいえばそういう考え方です。これが近代にできた(近代)中医学だと心虚も考えます。
このように失神の神は東洋医学(東洋思想の陰陽五行論の五行説)における五神の「神」をいいます。同様に「精」は東洋医学において、成長・発育・生殖・老化などを司る、五臓の腎に蓄えられる生命エネルギーの源をいいます。精には両親から引き継ぐ「先天の精」と、食生活で補う「後天の精」があります。「精」と「神」で精神。ここでも神がありますがもちろんいわゆる神様のことではありません。
そして神経。東洋医学では縦の連絡路を「経」、横の連絡路を「絡」といいます。二つ合わせて「経絡」といいます。経絡という言葉は鍼灸師や東洋医学を学んだ人が頻繁に使います。中高年男性だとマンガ『北斗の拳』で経絡秘孔で耳にしたのではないでしょうか。東洋医学では正経十二経といって手足に6本ずつ、合計12本の縦に連なる気の通り道があります。それぞれ六臓六腑の名称がついていて、2×6の陰陽五行論です。(※急に五臓六腑から六臓六腑になったのは何故かの説明は省略します)。つまり神経というのは「神」の通り道という意味で「神経」とされたのです。気の通り道なら経絡です。
そもそも神経という言葉を誰が作ったのか、いつ作ったのか。数千年の歴史がある東洋医学に神経という言葉ありませんでした。神経という言葉を作ったのは江戸時代、杉田玄白だと言われています。『解体新書』で有名な杉田玄白。オランダ語で書かれた解剖学書籍『ターヘルアナトミア』を日本語に翻訳し、『解体新書』として発表した杉田玄白ら。そこに多数登場する白い紐状の機関を機能的な面を考慮して日本語にしたのが神経なのです。感覚や運動を伝達する通路。既存の日本にある言葉で考えてしっくりくるもの。それが「神経」。東洋思想(東洋医学)の観点から作られたのです。
東洋思想を用いて心身を良くする医学が東洋医学。明治時代に医政が発令されて西洋医学が主流になるまで、我が国の医学は東洋医学(あるいは伝統医学)が主流でした。その名残が令和現在の日本語にも根付いています。
甲野 功
コメントをお書きください