開院時間
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今年2026年に呉竹学園は創立100周年を迎えます。
私は小学校から専門学校まで、多くの学校に通いました。その中で最も長い期間通ったのが呉竹学園東京医療専門学校(※現在の校名は東京呉竹医療専門学校)です。Ⅰ部鍼灸マッサージ科3年間(2004年~2007年)、Ⅰ部柔道整復科3年間(2008年~2011年)、鍼灸マッサージ教員養成科2年間(2012年~2014年)の合計8年です。人生で一番在学した学校が東京医療専門学校であり、その学校法人が呉竹学園です。最後の鍼灸マッサージ教員養成科を卒業して12年が経ちますが、今も学校との関係はあり、特別授業を担当したことがあったり、呉竹医学会に参加したり、教員養成科卒業研究発表会に出席したりしています。
現在の東京呉竹医療専門学校の祖となる東京温灸医学院が始まったのが大正15年(1926年)。大正、昭和、平成、令和と続き、姉妹校は新横浜と大宮にある呉竹学園。鍼灸マッサージ専門学校で3校あるのは呉竹学園だけです。規制緩和後に参入した鍼灸専門学校や柔道整復専門学校では(実質)3校以上ある学校法人はありますが。また現存かつ継続する鍼灸マッサージ専門学校では2番目に古い学校です(※視覚支援学校ではルーツが明治時代にある学校が多数あります)。
この100周年という年に鍼灸WEBメディア『ハリトヒト。』に現呉竹学園理事長の坂本歩先生が登場しました。
ハリトヒト。 インタビュー
鍼灸は生活に根づくもの。確かな技術でもっと外へ/呉竹学園理事長:坂本 歩
呉竹学園、それも東京校卒の私にとってとても重要なことです。ハリトヒト。のメンバーに東京呉竹医療専門学校校長か理事長など呉竹学園にとって重要な人物にインタビューを行ってもらいたいと何年も前から話していましたし、学校側にも機会があれば取材を受けた方がいいと伝えていました。よって待望の登場という感じです。過去に現在の東京呉竹医療専門学校鍼灸マッサージ科・鍼灸科・夜間鍼灸科学科長の中村真通先生が登場しています。呉竹学園の卒業生は多数インタビューに登場していますが専任教員などの完全な学校関係者は2人目です。中村先生は私が鍼灸マッサージ教員養成科在籍時の学科長で大変お世話になりました。そして坂本歩理事長も教員養成科で授業を受けていました。ですから遠いお偉いさんではなく、ある程度交流のある先生です。
改めて坂本歩理事長の経歴を知りました。東京医科大学卒業の意志。循環器内科で研修をし、東京医科大学大学院博士課程を修了。東京医科大学の講師を勤めました。坂本歩理事長が東京医大を出た医師であることは知っていましたが専門や博士号取得、大学講師もしていたことは知りませんでした。あはき柔整(あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師)業界の老舗・伝統校である東京呉竹医療専門学校ですが、創業家にあたるのが坂本家です。あはき柔整業界においても坂本歩理事長は重職に就ついており、東洋療法学校協会会長、全国柔道整復学校協会会長、東洋療法研修試験財団常務理事、全国専修学校各種学校総連合会監事、東京都専修学校各種学校協会副会長、全日本鍼灸学会監事などです。東洋療法学校協会は鍼灸マッサージ専門学校が加盟する協会、全国柔道整復学校協会は柔道整復専門学校のそれ。東洋療法研修試験財団はあはき各種国家試験を実施する団体。全日本鍼灸学会は鍼灸業界の学術団体です。つまり呉竹学園だけでなく学校協会(教育)、国家試験、学会(研究)と他分野に関係しています。インタビューの略歴に掲載がありませんでしたが、忘れてはならないのが昨年完成して派出された「あはき・柔整広告ガイドライン」を作成ための検討会構成員でありました。開業している者にとって非常に重要な「あはき・柔整広告ガイドライン」。その検討会を毎回注目しており、構成員である坂本歩理事長の発言も気にしていました。
そんな坂本歩理事長のインタビューは呉竹学園100年の話からです。呉竹学園の元になる東京温灸医学院を創設したのは坂本歩理事長の祖父にあたる坂本貢氏。母校には銅像が建っています。坂本貢氏は鍼灸の教育がほとんど整備されていないということを痛感し全科目の教科書を書いたといいます。東洋医学概論や鍼灸実技だけでなく解剖学、生理学などまで。近代鍼灸教育は呉竹学園にあると言って過言ではないと思います。既に触れていますが昭和初期に中国から鍼灸師の承淡安(承淡庵、チェン・ダナン)という人物が開校間もない呉竹学園に留学してきて多くを学び、中国に帰っています。承淡安が中国の鍼灸に与えた影響は非常に大きいといいます。
坂本貢氏の息子、すなわち坂本歩理事長の父にあたる坂本浩二氏は昭和大学医学部の教授でした。貢氏も医師を目指し、息子は医学部教授。呉竹学園は伝統医療(東洋医学)の鍼灸マッサージ専門学校でありながら、創業家は現代医療(西洋医学が主)の医師である。この2面性が大きな強みであり、特徴であると思います。元々中国から輸入された鍼灸を中国から学びに来るほど教育体系を確立していた初期。そこに医師の視点が加わっているのです。
坂本歩理事長は理工学部に合格するも医学部に進学します。私も理学部卒なので何となく分かる気がしますが研究精神が根っこにあると思います。医師は患者さんを診る臨床が主。理工学部は生物ではない物や化学物質を向き合います。そして父浩二氏は基礎医学を研究していて呉竹学園教員にも研究者マインドを培ったと。その代表的な人物が古屋英治先生です。そいて呉竹学園が行っていた研究は、後にできる大学(明治国際医療大学や関西医療大学ら)が進めていくことになります。
鍼灸大学が研究を進めることで呉竹学園として臨床指導に重きを置くようになります。臨床に出る鍼灸師を育成する。それが職業訓練校の一面を持ち(文部科学省管轄の大学と異なり)厚生労働省管轄の専門学校の役割ではないでしょうか。現在専門学校教育でスタンダードとなっている理学検査を学ぶことやベッドサイドの臨床実習は呉竹学園がいち早く取り入れたものです。その中心にいたのが古屋英治先生です。今の100分の1もないくらい業界の知識がなかった20年以上前、複数の鍼灸マッサージ専門学校を見学し選んだのが呉竹学園東京医大でした。それは理学部応用物理学科を出た私にとって合っていると嗅覚が働いたのかもしれません。
鍼灸業界のトップに居ると言え、更に自身が医師である坂本歩理事長。インタビューアーのタキザワ先生(自身も呉竹学園を卒業している)が昔と比べて鍼灸業界の良くなった点・課題点を問います。その答えが『「良くなった」というか「悪いものが少なくなった」という印象があります。』と坂本歩理事長は述べています。これは非常に秀逸な回答だと私は強く感じています。悪いものが少なくなった。そして課題点として“医者と壁を作ってしまう人が多い”というもの。坂本歩理事長自身の医師としての立場からの答え。『「医者が鍼灸を理解しない」という声はよく聞きますが、「医者に理解させるように努力をできているか」といえば、まだまだこれからかなと感じます。』という言葉が痛烈に感じます。裏に医師に理解させるほどの勉強や研究を鍼灸師はしているのですか?と問うているような。
教員養成科を卒業してからもよく学校と交流を持ってきました。いつしか坂本歩理事長に顔を覚えてもらうことに。ちょうど1年前の東京呉竹医療専門学校卒業生が参加できる『卒業生の集い』の場で、数分坂本歩理事長とお話する機会がありました。その時の言葉はまだ業界に知られていない内容で非常に興味深かったです。あはき柔整業界はもっと坂本歩理事長を知った方がいい。その思いを強くしたインタビューでした。
甲野 功
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