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~七福神とは~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 七福神とは
七福神の像(日光二荒山神社より)

 

 

神社仏閣巡りが趣味です。その延長で神社と寺院の違いを知ります。すなわち神道と仏教の違いも。日本では一見同じような造りの建築物。お寺の境内に鳥居と社があったり、神社の境内にお寺があって僧侶がいたり。そもそも別の宗教であるのに共存している不可解さ。生まれた頃から当たり前のことだったので気にも留めませんでしたが、世界的にみたら異様なこと。歴史上の戦争や現在の紛争のうち、何割かは宗教間のいざこざが原因です。異なった宗教が混ざり共存できたらこのような争いはかなり減るのではないでしょうか。日本では神仏習合といって双方を同一視する考えがありました。明治維新の際に神仏分離令が出て廃仏毀釈という仏教を弾圧することが一時期ありましたが、今はその影もありません。浅草寺の横に浅草神社があります。やはり長い日本の歴史では仏教も神道も共存するのが日常のことになるのでしょう。

 

そんなことを考えていると改めて気になるのが七福神です。神社仏閣巡りの延長で様々な括りで巡るようになりました。例えば鎌倉五山。鎌倉にある禅宗のお寺で格式があり、ランク付けしたもの。五山制度は京都と鎌倉にしかありません。他には東京十社東京五社。東京十社は昭和の終わりに由緒ある東京にある10の神社を選定したもの。元は二十二社という社格があり紆余曲折を経て東京で10に絞りました。東京五社は東京十社とは異なり、一つも重複することなく、21世紀に入って制定されたもの。なお京都五社というものもあります。これらのように神社仏閣にはグループのようなものがありますし、社格・寺格でカテゴライズすることもできます。その流れでいくつかの場所で七福神巡りをしたのですが、神社とお寺が混同しているのです。七福神を祭る神社やお寺という括りなのでそうなりますが、神仏習合の日本だからと思いきや、やはり気になります。当院から最も近い七福神巡りが「新宿山ノ手七福神めぐり」なのですが、それは

・太宗寺(布袋尊):寺

・稲荷鬼王神社(恵比寿神):神社

・永福寺(福禄寿):寺

・厳島神社(弁財天):神社

・法善寺(寿老人):寺

・経王寺(大黒天):寺

・善國寺(毘沙門天):寺

で5つのお寺と2つの神社で構成されています。神社とお寺が混ざります。他にも私が巡った「浅草七福神巡り」は重複があるので9ヵ所ありお寺が2つと神社が7つ。浅草は神社の方が圧倒的に多いのです。「鎌倉・江ノ島七福神」だとお寺が5つで神社が3つ(こちらも重複があるので合計8ヵ所)。はたまた新宿の成子天神社や日光の二荒山神社では境内に七福神が点在して1か所で巡ることができます。神道と仏教をまたがる七福神とは一体どんな神様なのでしょう。神様であるならば神道の範囲だと思いきや仏教のお寺にもあります。また偶像崇拝を禁止している神社で神様の像があるのはどういうことか。改めて七福神について考えてみます。

 

七福神の前に七福神巡りについて。七福神巡りは、江戸時代半ばに庶民へ爆発的に広まりました。戦国時代が終わり太平の世になり、スタンプラリーのようなものとして庶民が回遊するきっかけになります。一説によると、江戸時代初期に僧侶で徳川家康のブレーンとされる南海坊天海が家康に七福神信仰を説いたことをきっかけにブームとなったともいわれています。この頃から七福神信仰が存在していました。

福の神、すなわち「福神」が登場したのは中世に入ってからです。福神は従来の神様とは異なりました。既存の神様は同族を守り同族の繁栄を約束し、大地の豊穣や海の豊かな恵みをもたらしてくれる存在でした。中世以降になってお金におる経済が発達すると、人はより多くの富を手に入れたいと願うようになります。それまでの、生きるか・死ぬか、という状況から余裕が出てきたことにより、新しい経済的な願望に応じる神格が必要になったといいます。これにより、経済的富裕をもたらしてくれる福神が誕生します。そして経済の発展によってその数も増えていきました。福神が増える中、多くの人に人気なのが“七福神”なのです。七福神は室町時代後期には成立しました

 

七福神を構成するのが大黒天、毘沙門天、福禄寿、寿老人、布袋、弁財天、恵比寿です。この中で日本の神様は恵比寿のみで、残りの6神は外来の神なのです。そもそも“天”は異教の神が仏教に帰依したもので仏像の一つです。色々と混ざっているように思います。福神は対象が万人であり、かつ、祭祀者も祭祀場所も関係ないそう。信仰としての精緻さは関係ないのかもしれませんし、神仏習合のわが国では大した問題ではなかったのかもしれません。一つ一つみていきましょう。

 

大黒天

古代インド、ヒンドゥー教シバ神の化身マハーカーラが習合して生まれました。そして大黒天の「だいこく」という音からも分かるように日本の大国主と同一視されています。マハーカーラはヒンドゥー教の神。大国主神は出雲大社の祭神で国津神のトップ。かなり混ざっています。なおマハーカーラの「マハー」は偉大、「カーラ」は暗黒の意味となり破壊を司る大暗黒神です。大国主命と同一視するのは無理があるように私は思うのですが。一方で、財運を与える神として信仰されてきました。現在の主な御利益は五穀豊穣、子孫愛育、出世開運、商売繁盛などです。

 

毘沙門天

毘沙門天も大黒天と同様に、古代インドの財神クーベラが仏教と習合して中国経由で日本に入ってきたもの。仏教における東西南北を護る四天王のうち、北を護る多聞天が独立したのが毘沙門天になります。多聞天は毘沙門天の別名です。戦国武将の上杉謙信が信仰したことが有名です。戦いの神様仏様ですがもとが財神であり福神へ。現在の主な御利益は、武芸上達、降魔厄除、家内安全、夫婦円満などです。

 

弁財天

古代インドで美と豊穣を司る女神サラスヴァティを仏教が取り込んだことで誕生した神。日本に来ると市杵島媛命が弁才天と同一視されます。弁財天は本来「弁才天」という表記が正しいのですが、財の面で福徳をもたらすことを強調するため、七福神になるときは「弁財天」と書かれます。琵琶を手にした姿で描かれることも多いため、芸能や音楽の神ともされています。現在の主な御利益は学業成就、諸芸上達、恋愛成就、福徳授与などです。

 

以上、3神がインド由来の福神で次からの3神は中国由来です。

 

福禄寿

中国の宋王朝時代の元祐年間(1086~1092年)の実在の人物が神格化されたもの。道教で祭られる神であり、道教で追求される幸福・封禄(富)・健康長寿を具現化した姿をしています。福禄寿は長寿の神なのですが、同じ七福神の寿老人と似ているせいで、いずれかが七福神から外されてしまったり、同一に祭られたりすることもあります。現在の主な御利益は財運招福、健康延命、立身出世、招徳人望などです。

 

●寿老人

中国の道教における神あるいは仙人で南極星の化身といわれています。寿老人も長寿の神。福禄寿と似ているため同一視されることが多い。そのため、七福神から外されて、代わりに吉祥天(繁栄の女神とされたヒンドゥー教ラクシュミーを仏教が取り入れて誕生した神)か猩々(猿に似た姿をしている中国の霊獣)が入ることもあるのだとか。現在の主な御利益は幸福長寿、家庭円満、健康延命、福徳智慧などです。

 

●布袋

布袋は、中国の唐王朝時代(618~907年)に実在した禅僧、釈契此を神格化したもの。釈契此は名前の由来となった大きな袋を背負い、大きな太鼓腹を揺らしつつ、悠然と歩く姿は福神そのものでした。巷では「弥勒薩様の化身なのでは」と噂されました。背負う大きな袋は堪忍袋です。鎌倉時代に禅画や水墨画の画材として日本に伝わりました。底抜けの福々しさが愛されて、七福神のメンバーとなった。主な御利益は千客万来、家運隆盛、家庭円満、商売繁盛などです。

 

最後の恵比寿が日本の神様になります。

 

●恵比寿

「夷」、「戎」、「蛭児」、「水蛭子」などと表記されることもあります。あるいは戎三郎大明神と呼ばれることもあります。兵庫県西宮市の西宮神社が恵比寿信仰の総本社になります。正体ははっきりせず、諸説あります。

①記紀神話に登場し、生まれてすぐに海に流された神、水蛭子・蛭児のこと

②大国主神の子ども事代主神のこと

③水を自在に操る霊的パワーを身につけた山佐知毘古

④「えびす」という語は異邦人を意味し、異郷から来て福徳を授けた来訪神

魚の収穫具合を左右する神であったため、大漁だったときの面が強調されて福神に入ったとも考えられています。現在の主な御利益は商売繁盛、除災招福、五穀豊穣、大漁守護などです。

 

このように多種多様なルーツのある神様を福神として集めた七福神。お金持ちになりたいという欲求から生まれたと言えるでしょう。そして各地の観光資源として定着した一面があると考えられます。この多様性が日本の良さではないかと考えるようになりました。

 

甲野 功

 

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