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~期待値を高め過ぎない~

『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』 宣伝用素材より
『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』 

 

 

期待値コントロールという概念を御存じでしょうか。私の知る限り10年前から提唱されているもので、下記のような式があります。

 

評価=成果-期待値

 

細かいニュアンスで文言が変わることもありますが概ねこの通りです。どういうことかというと“評価”とは“実際の成果”から“評価する人が事前に抱いていた期待”を差し引いた結果であるということです。心理学的な話でサービス全般に言えることです。何が言いたいかというと、実際に出した成果=評価、ではないということ。期待値という別の要素、しかもマイナスに働く、があるのです。

 

例えば世界一美味しいと評判のマグロがあったとします。さぞかし美味しいことでしょう。様々な期待を膨らませます。そして口に入れたとき。どうなるでしょう。食通で大間のマグロなど各地の美味しいマグロを食べ歩いてきた人。世界一というのだから過去のマグロを凌駕する味に違いないと期待しています。そして食べたら、あれ?そこまで美味しくなかった、と感じたとします。そのとき評価は0に近い、あるいはマイナスかもしれません。世界一のマグロを食べるために海外まで出向いていたとしたら、これなら銀座の超高級すし店で食べた方が楽だし美味しいよ、となるかもしれません。一方、ほとんどマグロを食べた経験のない大学生ならあまりの美味しさに感激するかもしれません。同じマグロのクオリティでも食べる人によって評価が分かれます。正確には食べる人の期待値によって。食通で膨大な経験値がある人は、その経験を踏まえて「世界一美味しい」という形容詞に大きな期待を持ちます。大学生で高級なマグロを食べたことがない大学生には、味の違いはよく分からないけれど「世界一美味しい」というのだから不味くはないだろうな、くらいの気持ち。つまるところ事前の期待値を越えられるかが評価に直結するということです。

 

経営ノウハウで事前の期待値を上げ過ぎないというものがあります。過剰に期待を高め過ぎるとちょっとやそっとのクオリティでは期待というハードルを越えることができず低評価になってしまう。まさに期待はずれという。そうならないように期待値を上げ過ぎない。しかし期待されなければ、そもそも商品でもサービスでも手に取ってもらえません。期待してもらうけれど過剰な期待は避ける。これが期待値コントロールです。

まさにこの事例を実感したことがありました。今年3月27日に公開されたアニメ映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』。

 

映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~

 

お笑い芸人キングコングの西野亮廣氏が製作総指揮・原作・脚本を務めました。西野亮廣氏は春先はバラエティー番組に出まくりテレビCMをかなり打っていました。興行収入は公表されている情報によると約5億円(動員数35万人)。なお本作は第2弾で第1弾となる前作『映画 えんとつ町のプペル』は興行収入約27億円で第44回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞しました。一時期ネットで話題になりましたが、前作に比べると大幅な興行収入低下です。ブロガーやネット記事によって”大爆死”という文字が踊り、なぜこのような結果になったのかを考察する取り組みがありました。

 

私も同じように考えてみました。他に様々な意見や考えが出ていますが、私が考える原因がこの期待値コントロールの失敗ではないかと思うのです。

 

まず断っておきますが私は西野亮廣氏のアンチではありません。むしろフォロワーです。何年も前からオンラインサロンに入っていますし、著書は全て購入して読んでいます。原作の絵本も持っています。前作も今作も早い段階で映画館で観賞しています。過去にいくつも西野亮廣氏関連の文章を書いてきました。開業してから経営を学ぶ重要な人物の一人です。その上で『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』を観た感想は、あまり面白くない、です。そもそも大いに感動したならば早い段階でこの映画について文章を書いていたはず。正直なところ期待はずれで、それをしませんでした。自分の感覚がずれていたのかなと思っていたら興行収入という客観的な結果がはっきり出て、やはりという気持ちです。それではなぜ好感を持って情報を追っかけている西野亮廣氏が総指揮をとり人生を掛けて発表した『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』がいまいちだったのかを考えてみることにしたのです

 

結論を書けば、事前の期待値が高すぎた、これにつきます。前作の映画『えんとつ町のプペル』はひいき目抜きに良かったです。原作の絵本を持っていたのでストーリーを知っています。最後はハッピーエンドになることを。それが分かっていても面白かったし感動しました。公開されたのが2020年12月。新型コロナで社会が辟易としていた時期。10月に公開された『鬼滅の刃 無限列車編』が空前の大ヒットを飛ばし、希望になっていました。ハリウッドはじめ大作映画の公開が自粛される中。鬱屈した環境で、作中のルビッチが煙だらけの空の先に星を見つけるストーリーは感動しました。またゴミ人間のプペルは西野亮廣氏を投影していて彼の実体験がもとになっている物語だということも分かって映画を観ていました。緻密な映像、豪華な声優陣。音楽。素晴らしかったです。

 

それから6年。オンラインサロンでは映画の製作状況が逐一報告されてきました。また西野亮廣氏は日本を飛び出てハリウッドで活躍。『えんとつ町のプペル』はバレエ、ミュージカルと派生していきます。西野亮廣氏は常々「クオリティでぶん殴る」という表現をしていて作品のクオリティに自信を示していました。誰よりもエンターテインメントに触れて学んでいる。2021年の東京オリンピックの2020開会式でのドローンショーについて、中国ははるか先にいるということを述べ日本の技術が遅れていることを指摘していました。本作『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』は誰が見ても納得の作品だと常に発信していました。

私はこれまでの西野亮廣氏の取り組み、実績、経験(失敗も含めて)などから大いに期待して映画館に足を運びました。そう大きな期待をして。その結果、感想としていまいちだったというわけです。これが過剰な期待をしていなければ満足できたと思います。

 

具体的な評価を挙げていきます。

まず前作からの続編ということで消えてしまったプペルがどのように戻ってくるのかに注目していました。原案として絵本『チックタック 約束の時計台』があります。これは西野亮廣氏が書いた絵本です。キングコングの相方である梶原雄太氏が仕事が多忙すぎて精神を病み職場放棄していたエピソードから作られました。解散することもピンで仕事をすることなく、西野亮廣氏はじっと相方が戻ってくることを待っていた体験から。それが映画ではプペルの帰りを待つ少年ルビッチに投影されています。ところがプペルが戻ってくる要因は異世界「千年砦」のキャラクターになります。いうなればえんとつ町でないところで初登場のナギとガスが主軸になっています。前作のラストで船で海に出るシーンが描かれています。元々はプペルを復活するために外海に出るストーリーだったはず。それが異世界ものになり、初登場の(思い入れのない)キャラクターの話へ。これは前作や作品のこと(『チックタック』も含めて)を分かっていたからこその結果。またナギもガスもどこかで見たようなキャラクターデザインでした。モフという猫のキャラクターが登場し人気が出ているのですが、私にはあまり思い入れがありませんでした。猫は大好きなのですがえんとつ町とは関係がなく。プペルは作中でほとんど登場せず、舞台もえんとつ町ではなく千年砦。千年砦のナギとガスの物語が主軸でした。スピンオフが早い気がしました。

 

”圧倒的な映像美”。謳い文句にありましたが“圧倒的な”とは感じられず。もちろん相当なクオリティなのですが。前作以降、私は『名探偵コナン』、『ワンピース』、『すずめの戸締り』、『クレヨンしんちゃん』、『ドラえもん』と数々の映画を映画館で観賞してきました。何より『鬼滅の刃 無限城編第一章 猗窩座再来』を前年に観ています。それこそ圧倒的な映像。うねうね変化する無限城はとてつもない技術と手間で作成されています。それに比べると本作は予想(期待)を大きく上回るものではありませんでした。世界のエンターテインメントを知る西野亮廣氏が太鼓判を押すのでどれだけのものかと期待していた分、評価が下がる結果です。これが前作の大ヒットや日本アカデミー賞受賞といった高評価がない第1作なら随分と印象が変わったことでしょう。

 

アニメ映画として気になったのが声優の演技です。前作も有名俳優、タレントを起用していました。窪田正孝氏、芦田愛菜氏、立川志の輔氏、小池栄子氏、藤森慎吾氏ら。顔を知っている方々ですが画面から声をあてている芸能人の顔が浮かんできませんでした。役、すなわちアニメのキャラクターの声になっていました。ところが本作では一部声優の顔が浮かんでしまうところがあり、気になってしまいました。バラエティー番組で笑い話にしていましたが東野幸治さんのパートはあまりにも東野幸治さんそのものでした。今のアニメであれは無いと思いました。どうして監督はOKを出してしまったのかと思いました。どうしてクオリティにこだわる西野亮廣氏が通してしまったのか。期待していなければとても面白い注目シーンになるのですが。

 

劇中歌はオリジナルではなく既存の大ヒット曲。歌唱が素晴らしいのですが誰もが知っている曲で千年砦の世界観に現実がリンクしてしまいます。西野亮廣氏は作詞・作曲もできるのに。前作・今作の主題歌であるロザリーナが歌う『えんとつ町のプペル』は素晴らしいもの。オリジナルで楽曲を用意できなかったのはなぜなのでしょう。また主題歌が変わっていないことも気になりました。『えんとつ町のプペル』という曲は文字通りゴミ人間プペルのことを歌ったもので西野亮廣氏の作詞・作曲。ところが本作にプペルはほとんど登場しませんし、舞台もほぼえんとつ町ではなく千年砦。それならば違った曲にした方が良かったです。舞台がえんとつ町でプペルを復活させるためのルビッチの物語だと期待していたため。

どれも期待が高すぎたために不満に思ったことです。まっさらな事前情報なく観賞したら王道のファンタジーで質の高い作品だと思います。キャラクターデザインも前作よりも癖がなく万人受けすると思われます。子どもに安心して見せられる、小学校で観賞できるアニメ作品。

 

一方で賞賛する声もネットにありました。その多くが、アンチ西野亮廣が大爆死したという映画を観に行ってみた、という体験談。全然観客が入っていないというのを本当か確認しに行ったという。すると想像以上に面白くて感動したという感想。これは期待値が非常に低かったから評価が高まったもの。皮肉なことで私と逆でした。

 

期待値コントロール。これが上手くいかなかったことが“今のところ”ヒットしていない要因だと私は考えました。他にも名探偵コナン、ドラえもんなど同時期に公開されるアニメ映画が強いという事情ももちろんあるでしょう。そして“今のところ”ヒットしていないと書いたのは、結果的に期待値が下がったわけなので、今後の評価が高まる可能性が予感できるのです。西野亮廣氏は大ヒットで一気に大きな興行収入に得るという当初の目論見から地道な草の根活動にシフトしています。まだ終わっていない。権利を持っているため自身の裁量で映画公開をすることができます。そして期待値が低くなったことで大きな評価を得やすい。何年もかけてブームではなく文化にしていくつもりです。かのジブリ映画『天空の城ラピュタ』も公開当時はあまりヒットせず(※映画公開時は別のアニメと抱き合わせしていた)、宮崎駿監督は落胆したと言います。ところが今や時代を超えた傑作としてテレビ放送されれば毎回トレンドに入るわけです。

 

期待値を高め過ぎない。とても勉強になった一件です。

 

甲野 功

 

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