開院時間
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

私の住む東京都新宿区。区名である新宿駅があります。乗降者数世界一としてギネス記録を持つ大ターミナル駅です。しかし新宿の発展は今の新宿三丁目あたりから。現在のJR他各線のある新宿駅は栄えていない空き地でした。だから駅を作れたわけですし、昭和後期まで淀橋浄水場が存在したわけです。新宿三丁目付近から現在老舗と称される企業が生まれそこに本社を構えているものがあります。その一つは以前紹介した世界堂、紀伊國屋書店などです。呉服屋として創業し百貨店として新宿で始まった伊勢丹(現在の伊勢丹三越)や、東京大学前から本社を移転して大いに発展した新宿中村屋も新宿三丁目近辺で育った企業になるでしょう。今回は新宿で創業し、現在は自社ビルを構える100年企業を紹介します。新宿高野です。
新宿高野と聞いてもぴんとこないかもしれませんが、タカノフルーツパーラーと言えばあのタカノかと納得するのではないでしょうか。なお企業としては新宿高野とタカノフルーツパーラーは別会社となっています。成長の過程で分社したので一緒に紹介します。まずは新宿高野から。
新宿高野は高級果物店です。平成初期は手土産にタカノのマスクメロンを持っていくというのが流行ったそうです。新宿高野の創業は明治18年(1885年)のこと。高野商店として初代髙野吉太郎氏が新宿繭仲買・中古道具が本業で果実販売を副業とする商店を創業します。創業当初、果物は副業だったのです。それが明治33年(1900年)に「果実問屋高野商店」の看板を掲げ果物販売を本業とする専門店にします。大正9年(1920年)に2代目が“髙野吉太郎”を襲名。初代「髙野吉太郎」の名は襲名制に。この年にマスクメロンの販売を開始します。大正10年(1921年)に現在の本店がある場所へ移転し、フルーツパーラーの前身となる縁台サービスを開始します。そして大正15年(1926年)に社屋を洋風建築に改装し、タカノフルーツパーラーが設立されます。
昭和に入ると多角経営を進め、昭和8年(1933年)に合資会社高野商店を設立し、果実・洋酒・缶詰の販売や喫茶・レストランの経営を開始。昭和12年(1937年)には本社を地上3階・地下1階建ての鉄筋ビルに新装するのです。ところが昭和20年(1945年)、第二次世界大戦の空襲によってビルが被災し営業全面停止に追い込まれます。戦後となった昭和22年(1947年)に果実部門から営業を再開し、株式会社タカノを設立します。昭和27年(1952年)にはケーキ類を製造します。昭和31年(1956年)に3代目が“髙野吉太郎”を襲名します。戦後の高度経済成長期に新宿高野は成長していき他業種進出、チェーン展開、支店オープンを果たします。昭和44年(1969年)に株式会社新宿高野を設立し、また本店ビル(地上8階・地下4階)が竣工します。そして昭和47年(1972年)には本店前の土地が土地評価額で銀座を越えて日本一となるのです。この土地評価額日本一は1986年まで続きました。昭和55年(1980年)に本店ビルを大改装します。
平成に入ると変化していきます。平成7年(1995年)に新宿本店のフードフロアを大改装し、平成11年(1999年)には他業種に進出していたファッション部門を閉鎖。食品工場、物流センターを設けます。平成17年(2005年)に4代目が“髙野吉太郎”を襲名します。平成18年(2006年)には新宿本店のフルーツギフトフロア、フーズフロアも大改装します。
令和現在の新宿高野は果物(フルーツ)の販売、フルーツ加工品(ケーキ、ジュースなど)の販売、サラダ、ブレッドの販売、更にはカルチャースクールを実施しています。原点回帰でフルーツを主軸に直接フルーツに関わる食品を販売しています。
一方、知名度が高く利用者が多いのがタカノフルーツパーラーです。
タカノフルーツパーラーは私の家族もよく利用します。上の子どもが小さかったときは新宿駅地下にあったメトロ食堂街にタカノフルーツパーラーがあってケーキやパフェを食べていました。私が高校生の頃、タカノフルーツパーラーは男性のみの入店が禁止されているという噂があり、彼女ができたら一緒に入りたいという夢がありました。母や姉とではなく。結局私が高校生以降でタカノフルーツパーラーに入ったのは今の妻や子ども達と一緒に入るときまでチャンスはありませんでした。メトロ食堂街は新宿駅の再開発のため令和2年(2020年)9月に54年間の歴史に幕を閉じます。その後は新宿本店のタカノフルーツパーラーを利用するようになっています。そしてこのタカノフルーツパーラーは今年令和8年(2026年)が設立100周年の節目なのです。
明治18年(1885年)に新宿高野が創業。甲州街道にある新宿高野は往来する商人や馬方に店頭で冷やしたスイカを出していたとか。そのうちに縁台を設けて果物の冷蔵品の売り切りをします。これがタカノフルーツパーラーの始まりに。大正13年(1924年)から店を洋風化する改築工事にとりかかるも、関東大震災後の資材不足と人手不足で遅々として進まず、完成したのが2年後の大正15年・昭和元年(1926年)になりました。この年に2代目“高野吉太郎”が正式に「フルーツパーラー」と銘打ち、店舗がスタートします。新宿高野が創業してから41年後のことでした。
タカノフルーツパーラーは果物そのものを食べることができますが、何といってもパフェやプレートの装飾された商品。“フルーツをドレスアップさせる”という表現をします。デザートを作っている人をパティシエではなく仕立て人という意味の“クチュリエ”と呼んでいます。一時期ファッション業界にも進出したこともあり、飲食店でありながら美的センスが極めて高いことが特徴です。タカノフルーツパーラーで食事をするとハイセンスなものを感じます。余談ですが家族で利用しているとき、隣の席が大学生くらいの若い男性4人組でした。全員パフェやプレートなどのデザートを食べていて時代の変化を感じました。私が高校生の時、山岳部の同期3人(もちろん全員男性)でこれをしたかったな、と思いました。
新宿高野の新宿本店は地下2階がオリジナルフード&ギフトフロアになっていて地下街から入れます。またパフェ専門店もここにあります。5階のタカノフルーツパーラーが混んでいるときこちらがねらい目です。地下1階はギフトフロアで贈答品に適した商品が多数あります。そしてフルーツサロンジュースバーも併設されています。地上1階はイベントスペース。地上5階がタカノフルーツパーラーになっています。一般喫茶スペースとコースメニューのスペースがあります。コースメニューは予約制。一般喫茶スペースは週末だと行列必死です。
新宿高野は新宿中村屋と自社ビルが並んでいて両巨頭という感じがします。このそばに伊勢丹新宿店、世界堂、紀伊國屋書店が並びますがレストラン、物販部門では抜きんでた存在。高額商品もありますが、根本は一般庶民が手に取る食べ物から。新宿区民として人に紹介したい企業です。
甲野 功
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