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~鍼灸は科学か?~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 鍼灸は科学の中にある
鍼灸は科学の中にある

 

プロローグ
今から10年以上前のこと。
東京医療専門学校Ⅰ部鍼灸マッサージ科の学生だった僕は、臨床医学各論の授業を四ツ谷校舎で受けていた。講師は現役の麻酔科医。この授業では出席確認の代わりに毎回紙が配られ、講師に授業の感想や雑感を書いて提出することが行われていた。ある週の授業で、僕はずっと心に秘めていたことを用紙に書いて提出した。

 

鍼灸は科学でないと思います

 

他の鍼灸師資格を持っている先生では書けなかったであろう。鍼灸師ではない医師である講師に意見をぶつけてみた。
次週返却された用紙には直筆でコメントが書いてあった。

 

鍼灸は科学ですよ

 

僕の予想していた回答とは違った。驚いた。

 

鍼灸を科学と認めない
先週、鍼治療はえせ科学であり、もう何も新しい発見などない、いい加減効果のないもの受けるのは止めるべきだ、といった記事に対して反論をしました
最近では珍しく大きな反響がありました。同業者である鍼灸師からはもちろん、鍼治療を受けたことがある一般の友人からもコメントを頂いたり、内容をシェアしたりしていただきました。
現役の開業鍼灸師としも、専門学校教員資格を持つものとしても、更には大学病院で鍼を行う立場としても、えせ科学と言われることに対して看破できませんでした。

 

ただし、以前の私ならば、鍼灸はえせ科学と言っていたかもしれません。

 

まだ専門学校生だった頃、鍼灸は科学とは言えない、と考えていました。それは同じように鍼を打っても個人差が出ること(これは術者と被験者のどちらにおいても)と再現性が乏しいから。

鍼灸専門学校においては、このような疑問を持つことはお門違いという雰囲気がありました。同級生も学校以外にもセミナーに足繁く通ったり、新たな東洋医学の参考書を購入したり、と熱意を持って勉強していました。

鍼灸はおまけで、あん摩マッサージ指圧師の資格を取ることが一番の目的だった当時の私には温度差を感じる環境。

 

そこで麻酔科医という現代医療の最前線に立つ人ならば、この想いに賛同してくれるのではないか。そんな気持ちが、鍼灸は科学ではないと思います、という言葉を記したのでした。
それに対して講師ははっきりと鍼灸は科学ですと肯定したことに驚きました。そして納得いかない気持ちがありました。どちらかと言うと、医師という存在は鍼灸を否定する側にいるものだと思っていまし。

 

命題
あれから10年以上経過しました。鍼灸師の資格を取り、臨床を重ね、柔道整復師の学校で鍼灸よりも深い現代医学の知識を得て、教員養成科で鍼の研究発表をしました。

今現在に至り、鍼灸は科学だ、とはっきり断言できます。

 

そもそも鍼灸は科学なのか?

 

その命題について書いていきます。

 

科学とは?
私は東京理科大学理学部応用物理科を卒業しています。東京理科大は自然科学を教える日本で最初の私学と言われ、前身は東京物理学校です。また、我が家は理系ばかりの家系であり、曾祖父も祖父も父も姉も全員が理科系学問を勉強してきました。
そういった環境から、科学に対する思い入れは人より強く育ったと思います。


高校2年生から理系クラスになりましたが、同級生たちと様々な科学の話や議論を交わしました。高校3年生になる春には地下鉄サリン事件が発生。化学がテロに使用された上に、生活圏内で起きたこともあり、科学とは何かという命題に頭を悩ませた10代でもありました。高校時代から物理(特に力学)と数学(特に微分・積分)が得意でした。宇宙物理に憧れた私は物理科、それも応用物理の分野に興味を持ち、東京理科大に進学しました。

 

その頃に読んだ書物にあった科学とは実験と一般性であるという言葉を心に刻んでいました。一般性は再現性に言い換えてもいいでしょう。幾度と実験を重ねその結果を集積する。その中から再現性が高いものを抽出し仮説と突き合わせていく。


アイザック・ニュートンの逸話は皆さんもよく知っていることでしょう。リンゴが木から地面に落ちるのを見て、万有引力の存在を思いついたというものです。手に持ったリンゴを離せば、真っ直ぐに地面に落ちていく。このことは誰がいつやろうとも、リンゴは必ず真っ直ぐ落ちていきます。それ以外の現象が起こるとするならば、引力以外の何か別の力が加わらない限り起こりません。誰がやっても同じ。やる人が違ったら、リンゴが落ちないだとか浮き上がだとか、といった別の現象が起きることはあり得ません。再現性がある。


10年前の私は、これが科学だと思っていました。

ですから鍼を刺しても人によって効果があったり無かったり、するのは科学とは言えないだろう。そのように考えていたのです。

 

モノが対象ではない
この考えは幼稚であったと後に気付きました。


私が大学で勉強してきたことは物理学。読んで字のごとく物(モノ)の理(ことわり)を学ぶもの。対象は命の無い無生物でした。無生物ならば物理法則に従った振る舞いをします。水は高い所から低い所に流れ、火は上に上がっていきます。

しかし、生物には恒常性の維持(ホメオスタシス:homeostasis)が存在しますから、物理法則に従うとは限りません。ホメオスタシスとは、外界の変化に自身を安定するように働く機能。簡単にいえば生存本能の一種。


もしも、ある部屋で火事が起きたとします。そこに人が居なければ炎は燃え続け、可燃物がある限り、空気がある限り消えることはありません。これが部屋に人がいたらどうでしょう。人は逃げる、火を消す、貴重品を確保する、といった行動をとるでしょう。
大雑把にいえば、生物が存在すると物理法則以外の現象が起きると言えます。

 

物理学を専門で勉強してきた私には、定常的な法則があることが科学と考えていました。対して、当たり前なのですが、生物・人間に関しては、そは通用しません。危機が生じれば何かしらの対応をするのです。


10階のビルの屋上から石を落とせば、それは運動力学の法則に則り位置エネルギーは重力加速度が加わることにより運動エネルギーに変換されて地面に叩きつけられます。それが人間ならば屋上から落とされないように抵抗するでしょうし、落ちたとしても本能で窓や何かに捕まり助かろうとするでしょう。

生物(人)は物ではない。この当たり前の観点が欠落していました。

 

個体差
そしてもう一つ重要なことは、個体差(個人差)があるということ。


火事の例ですが、同じ人ではも、年齢によって対応は大きく変わります。生後3ヵ月の乳児ならば、熱さや煙が嫌で泣くでしょう。1歳ならば、這い這いか歩くかして逃げるでしょう。4歳くらいならば、親を呼びにいくかもしれません。小学生ならば、消防車を呼ぶかもしれません。中学生ならば、消火器を持ってきて鎮火させるかもしれません。
個人の能力によって火事という外界の問題に対応する手段は異なります

また、20歳成人男性と限定したとしても、片やオリンピック金メダリスト、片や大病に臥せっている、とてでは対応は異なるはずです。万人に絶対に効く薬など存在しません。
人間を相手にするもので、絶対にこうなるということはありえません。個人差が必ずあることを理解していませんでした。

 

鍼灸はぶっつけ本番?
このように鍼灸、もちろん医療分野もそうですが、人間を相手にする施術で効果がまちまちだということで、科学では無いと考えるのは、人間をモノとしてみている話であり論点があっていないわけです


それでは、

鍼灸は経験と勘に基づいた、ぶっつけ本番のようなものであり科学とは言えないのでないか

 とも考えました。その答えは鍼灸専門学校を卒業してから出てきました。

 

実験と検証
医学、薬学はどちらもそうですが、個人差があるため、絶対はありません。


強力な感染力をもつインフルエンザウィルスですら、発症しない人もいます。どこで線引きするのかと言えば、実験や調査を繰り返し行い、それらに統計処理を行って数学的に判断するわけです。
1000人いて、999人に効く薬があれば、有効率は99.9%で効果ありと判断して良いでしょう。効かなかった1名は特殊な体質と判断してよいでしょう。
この例は極端ですが、統計処理をした上で概ね全体的に効果があるかないかで判断しています。正常値と言わず基準値と呼ぶのは大きな視野で見たときにこの範囲では大多数が健康であるが、外れても平気な人がいる場合がある、ということ。正常値としてしまうと、その範囲を外れた人は異常だということになってしまうわけです。

 

実験や調査結果から因果関係を洗い出し、仮説を立て更に実験・調査を行う。その繰り返しで医学は発展してきました。特に検査器具(画像診断、血液検査など)の発達とともに数値化できることが増えて、客観的測定が可能になることで現代医療は発展したと言えましょう。


同様に鍼灸の世界は何千年とかけて臨床を繰り返してきました。最初から経穴(ツボ)や経絡(気のルート)が決まっていたわけでは無く、時代によって変遷があります。
現代においても古典的な鍼灸の理論を現代科学で説明しようとする研究は日々行われています。古来、人間の五感に頼ってきたものを、検査器具を用いて数値化し客観視する取り組みが、母校東京医療専門学校で行われていますし、多数の学術機関でも行われています。

 

パラダイムシフト
科学においては、それまで常識だと思われたことが間違っていたということは多々あります。


有名な話ではガリレオ・ガリレイは天体観測を繰り返し地球が動いていることを確証しましたが、当時の常識は太陽や星が動いている天動説が主流。裁判にかけられて地動説を取り下げざるおえない状況にされました。


またアインシュタインの理論で言えば光の速度、光速は不変で光速を越えるスピードは存在しないとしています。しかし、素粒子の世界では光速を越えるゼロ時間(一瞬)で位置が移動する振る舞いが確認されました。実験に不備がないとすれば光速を越えることがあり得るわけです。


科学というのはパラダイムシフトと言って突然ひっくり返ることがあります。そして、そのようにして発展してきたのです。科学において既存の理論を否定、批判することは当然のこと

鍼灸の研究でも、この姿勢があります。毎年参加している東京医療専門学校教員養成科卒論発表会で出される研究発表では、期待した効果が出ませんした、という結論になることも珍しくありません。


つまり、
みんな昔から効くというこのツボ、本当に効果あるのか試してみよう!
という姿勢があります。


黄帝内経(東洋医学のバイブルのようなもの)に書いてあるからそうに違いない、と妄信しているわけではありません。伝統的に言われてきた鍼灸師の常識を現代科学で説明しようとする取り組みは続いています。反対に古典(伝統)にしっかりと軸足をおいて症例検討をしている学会もあります。

 

常識を疑い検証する姿勢を鍼灸は持ち合わせています

 

鍼灸は科学
鍼灸にも実験、仮説、検証、臨床、といった行為があり、それは科学そのもの。
私は、鍼灸専門学校にいる間は知らないことばかりで、漠然と鍼灸は胡散臭いものと決めつけていたように思います。鍼灸を学ぶ前にガチガチの物理を勉強していたことも関係しました。

 

よく知らないで、イメージでなんとなく、鍼灸はえせ科学だ、気休めだ、呪いの一種だ、という声を受けることがあります。私自身、かつて鍼灸を科学とは認めていなかったわけですから、気持ちが分かります。ですが、今はそのような声に対して反論します。


鍼灸は科学、だと。

 

甲野 功

 

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