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~視覚障害者とどう向き合うか~

前回も触れましたが、ひとり芸日本一を決める「R-1ぐらんぷり2018」において、盲目に近い弱視である濱田祐太郎氏が優勝しました。

事前に濱田氏のこと、そして準決勝入りを知った私は、リアルタイムで番組は視ていませんでしたが結果が出た後に録画で視ました。
準決勝から出場した芸人さんを含めて濱田氏の舞台をみた感想です。あくまで私個人の感想で語弊があるかもしれませんが、濱田氏の漫談が全く面白くありませんでした


準決勝は視聴者投票の点で決勝に上がり、決勝戦も圧倒的な視聴者投票のパーセンテージを取っていました。決勝戦の審査結果も圧勝という点差でした。
結果を事前に知っていたということを差し引いても、濱田氏の舞台がなぜこれほど評価されるのか疑問でした。本人が優勝決定後語っていましたが結構噛んでいて、話術だけで言えば他の芸人さんの方がずっと上だと思いました。

 

理由を改めて考えてみると、濱田氏の漫談には既視感のようなものが、私にはあったのです。例えるならばアメリカ人がアメリカのコメディー番組で「ジャパニーズは中高生がみんな同じ服を着て学校に通うんだぜ!」「オー、クレイジー!」と言っているのを見るような。それは日本人からすれば当たり前だけど、アメリカ人にはそんなに面白いの?というニュアンスです。

 

私はあん摩マッサージ指圧師、鍼灸師であります。それら同じ国家資格を濱田氏も持っています。その点で共通点があります。
知っての通り日本では江戸時代の昔から視覚障害者と鍼師や按摩師は切っても切れない関係です。視覚障害者が社会で生きる上でこれらの技能・資格は今でも大切な支えです。
そのため私は視覚障害者の方と一緒に働くいたり接したりする機会がひとより多いわけです。


これまで4名の視覚障害者の鍼灸マッサージ師と同じ職場になりましたし、全盲の患者さんが来たこともこともあります。視覚障害者と接することでそれまであった印象が消えて新たな印象が生まれたのでした。

 

そのことで今回の濱田氏の話はどこかで聞いたような、以前一緒に働いていた知り合いが雑談しているような感覚に陥ったのでしょう。結果、対して面白くないというかそれよく聞く話じゃない、という気持ちがあったように思うのです。

 

 

一口に視覚障害者といっても程度の差があります。

弱視という視力が極端に悪い場合、視野狭窄といって見える範囲が狭い場合、片目だけが見えていない場合、全く視界が無い場合、など。明るさは感じる、輪郭がなんとなく分かる、はっきり見えるが見える範囲が異常に狭い、などと障害の種類も様々です。更に事故や病気で途中から視覚障害を起こした人と生来(もしくは物心つく前に視力を失った)視覚が無い人では大きな差があります。

濱田氏のように最初から視覚が無いひとにとって「見える」という感覚自体がありません。想像がつかないでしょう。


もう15年くらい前の話ですが、私が一緒に働いていた同世代の方は、女性ですが全盲つまり全く目が見えていませんでした。生まれつきの病気のため視覚がないことが当然の生活をしてきました。その分他の感覚がとても鋭く、本当に目が見えないのか?と疑うことが多かったです。


指先の感覚だけで点字のテキストを読みます。テレビ番組の話も普通にします。千葉のディズニーランド近くから一人電車に乗って都内の職場に通っていました。送れそうになると飛び込み乗車をするそうで、周囲が焦るの、と笑っていました。


驚いたのは私に対して、「甲野さんはよく勉強していますよね」と言ってきたこと。その当時鍼灸専門学校の受験を控えてスタッフルームでいつも勉強していたのです。誰かに聞いたわけではないのになぜ分かったのでしょう。
また「甲野さんは柿の木が生えている庭の縁側でおばあちゃんに育てられた感じがする」とも言われました。おばあちゃんには育てられていませんが、子どもの頃の家には柿の木が生えていましたし、縁側もありました。これは透視能力か?と思ったほどです。

 

さらにその女性はいつも髪を綺麗にセットしており、染めていました。化粧もしています。「私には外見という概念が無いの。だから見た目だけで、あら素敵!と思われたいの。」と言うのです。
視覚が無いからこそ見た目にこだわる。そこら辺の女性よりもずっと外見に気を遣っていました。これは濱田氏がR-1ぐらんぷりで賞金を貰ったら自動車を買いたい(運転免許を持つことができないのに)という話と同じですよね。健常者からすると矛盾な行動かもしれませんが、だからこそこだわるということがあるようです。


なお、その全盲の女性に今何がしたいですか?と聞いたところ、回答は「豊胸手術がしたい」でした。「だって、彼氏が服を脱がせたらがっかりしたのが分かったから」と続きます。このとき心のどこかにあった、視覚障害者は哀れな存在、という気持ちが吹き飛びましたね。

 

 

同じく一緒に働いた別の弱視の男性スタッフは、人一倍見栄っ張りでした。他のスタッフの気を引こうとケーキを差し入れることもしばしば。他人が高い評価を受けると分かりやすく機嫌が悪くなる人でした。
この人は障害者手帳があると風俗が安くなるとよく繁華街に繰り出していたそうです。私がその職場を辞めたあとは健常者の新院長と大喧嘩をしたとか。もう障害者だからといって特別扱いをしなくてよい人でしたね。

 

 

別の職場では幼少期の事故により片目の視力を失った男性がいました。片方ははっきり見えているので日常生活はほぼ問題がなく、体の機能上視覚障害者となっていました。


視覚障害者だととても安く鍼灸マッサージの資格が取ることができるため、この道に入ったと言っていました。彼はほぼ健常者に近いので視覚障害者と健常者の両方を知っている感じでした。彼曰く、視覚障害者は人よりハンディキャップがあるから頑張ろうという人が多く、いわゆる生意気、いきがっている性格の人が結構いる、むしろそうでないと生きていけない、と語りました。一見障害者は暗いひとが多いと思いきやそうでもないということを知りました。

 

また彼は片目が見えない代わりなのか知りませんが、霊が見えるとのことでした。ただし見えるだけで霊能力者のようにお祓いができるわけではありません。見えるだけです(一応視覚障害者ですが)。そのため、たまに「あのお客悪いのが憑いている」と言って裏のスタッフルームでぐったりしています。悪霊が見えると影響を受けて気分が悪くなるそうです。私には全く見えないので(皮肉なことに)大変だなあと思いました。

 

 

鍼灸マッサージ師として最初に就職し、修行した職場では副院長が弱視の人でした。後天的に事故により視力を失った方で、ルーペを使えばカルテを読むことができました。


私と同い年でしたが能力が高く、鍼灸、マッサージはもちろんテーピングもこなしていましたし、カルテも記入していました。耳でかなりのことを読み取れるので、カーテンで仕切れらたベッドの中でも院内の状況をかなりの精度で把握していました。


私はこの先輩のライン上にいた気がします。弱視とか関係なく治療技術が高い人は凄いなとルーキー時代に思いました。少々できないことがありますが、当たり前のように健常者より上の立場で働いて患者さんがたくさんついてきていました。

 

鍼灸専門学校時代に教員が、あなた方は今後万一目が見えなくなっても大丈夫です、鍼灸マッサージがあります、と言いました。当時は見えなくなったら人生終わりだろう、と思いましたが、この先輩をみるとあながち間違った発言ではないなと感じたものでした。

 

 

開業してから、全盲の患者さんが訪れることがあります。その方は幼少期に病気のため視力を失った全盲です。ものを見た記憶がありません。治療院に来るまでから帰るまでに歩行介助が必要です。


それでも驚くほど自立しています。着替えも一人で行いますしホームページの内容も読み上げ機能で理解しますし、スマホも使いこなします。YouTubeの話も普通にします。目が見えることを知らないので目が見えないことに全く悲観していません。明るいしおしゃべりです。本当に濱田氏とおなじような感じですね。

 

この患者さんは指先の感触や嗅覚がとても鋭いです。あるとき置いておいたビニール傘に指が触れたときに「今この素材のビニール傘はほとんど売っていないのです。どこで買ったのですか?」と聞かれました。ビニール傘の素材の違いなど意識したことがなかったのでどこで買ったかなど記憶にありませんでした。目が見えない代わりに私が知らない楽しみがあるのだと思いました。

 

 

視覚障害者とのエピソードを書いてきましたが、どの人も悲壮感が無くとても俗人的でした。障害者だから可哀そう、保護しなきゃいけない存在、というのは的外れ。できる人はできるし、嫌われる人は嫌われる。特に視覚障害者の場合、自立するための国家資格(鍼灸、あん摩マッサージ指圧)を取る道が確立しています。

 

R-1ぐらんぷりで視た濱田氏を普通の人(特殊な環境にある人とはとらえなかった)として認識したからこそ、審査員や他の視聴者と感覚がずれたのかもしれません。
誤解を恐れずに私の意見を言わせていただければ、視覚障害というハンディキャップがあったからこそ補正がかかって優勝したのではないか、と思うのです。
視覚障害者がどんどん社会に進出し、メディアに露出していってより身近になったときに、この違和感が当たっていたのかどうか分かるのではないでしょうか。

 

甲野 功