開院時間

平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)

: 9:00 - 18:00(最終受付17:00)

 

休み:日曜祝日

電話:070-6529-3668

mail:kouno.teate@gmail.com

住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202

~新宿の逆襲~

新宿の逆襲 市川宏雄 青春出版社
新宿の逆襲 市川宏雄 青春出版社

 

 

新宿の逆襲。とても目を引くタイトルで新宿の本屋で手に取りました。

 

新宿の逆襲 市川宏雄 青春文庫

 

 

あじさい鍼灸マッサージ治療院はいわゆる地域密着型というカテゴリーに入ります。経営するにあたって様々なやり方があるのですが、地域に根付いて行うやり方を選んでいます。それも生まれ育った地域に根付くという条件です。

 

生まれ育った場所なのだから根付いているに決まっているのですが、例えばすごく愛着(好きな)箱根で敢えて開業するというやり方もありますし、縁が全くないながらも環境面を考慮してその地域で開業しそこに根を張るということも考えられます。

 

やるなら絶対に銀座!と決めて開業した先輩もいますし、ターゲット層がいるエリアに出店したという方もいます。いまでこそ生まれ育った土地に院を構えていますが、国家試験を終えて鍼灸マッサージ師として働こうと思った場所は社交ダンスに縁のある東京都北区十条を選びました。

 

何にせよ働く土地に愛着を持ちそのエリアの事をよく知ろうという姿勢は経営にとってプラスになると考えています

 

私の場合、生活圏そのものなので東京都新宿は必ずついてまわります。

 

住んでいるのは東京都新宿区の牛込エリア。新宿と聞いてイメージするのは新宿駅周辺でしょう。厳密には違う場所なのですが遠方の人から見れば大差ないでしょう。院から歩いても30分足らずで新宿エリアに着きますので。東京都民からすれば清水寺も伏見稲荷大社も二条城も大原三千院も天龍寺も同じ京都にあるという認識です。京都府民からすれば、いやいや結構それぞれ離れているよ、と思うでしょう。そういうことです。

 

新宿のこと、新宿区のこと、牛込のこと、を知り理解するように努めています

 

仕事だけでなく子どものこともありますから行政や地域環境は注意してみておく必要があります。保活という言葉がありますが保育園の問題は子育て世代には切実です。地域のことを知ることで最近引っ越してきた患者さんやこれから子どもが生まれるという患者さんに対して情報をお伝えすることができます。

 

開業当初からこのような活動を地道にしていたおかげなのか、地域密着型の院を開業している鍼灸師という肩書で話をする機会にも恵まれました。公私ともに大切なことです。

 

さてこれまでにも新宿をテーマにした本を読んで何冊か紹介してきました。

東京23区を様々な指標でランキング化し総合順位で1位になった新宿区のこと

 

 

23区格差 池田利道 中公新書ラクレ
23区格差 池田利道 中公新書ラクレ

 

 

迷宮と称されて異常に複雑な新宿駅のこと。

 

 

新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか 田村圭介×上原大介 SB新書
新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか 田村圭介×上原大介 SB新書

 

 

そして今回は都市開発の視点から新宿を語るのが「新宿の逆襲」です。この本によれば停滞していた新宿が一気に動き出し変化していくといいます。

 

新宿の歴史を知ると意外な事実がわかります

 

新宿とはその名の通り「新しい宿」で甲州街道の新しい宿場町としてできたのが由来です。江戸時代の日本橋を起点にした旧街道。甲州街道では日本橋から次の宿場である高井戸まで距離が長かったため、途中に新たな宿場を作らないと人も馬も大変だったのです。そこで片田舎だった内藤にできたのが内藤新宿。今の新宿御苑あたりだそう。

つまり新宿の発祥は今よりもずっと西側だったのです。

内藤新宿は明治維新によって武士の時代が終わると多数あった武家屋敷が消えていき寂れていったそう。その後農地として活用されました。なんと新宿の農地で品種改良されたマスクメロンで有名になったのが現在のタカノフルーツパーラーなのだとか。タカノ本店は新宿にありますね。

 

新宿中央公園の先に「角筈地域センター」という施設があります。角筈(つのはず)。聞きなれない言葉かもしれませんが、なんと現在の歌舞伎町がある地域の名称なのです。

戦後闇市が盛んだった新宿。角筈町内会が敷地に一大複合アミューズメントを作ろうと画策。映画館、演劇場、さらには歌舞伎劇場まで作る計画をしました。本気で歌舞伎劇場をつくる気だったので町名も「歌舞伎町」に変えてしまったのです。結局歌舞伎劇場の建設は実現しませんでした。今は地名に歌舞伎町が残るだけ。その代わり今でも映画館、ダンスホール、寄席といった大衆文化の特色は残っており、アジア一の歓楽街として名を轟かせています。昨年は新型コロナウィルスのクラスターを多数発生させた“夜の街”の象徴でもありました。

余談ですがこの町名の話を本書で初めて知った私は父に歌舞伎町が昔は角筈だったのは知っているかと聞くと父は覚えていると回答。さすが戦前生まれは違うと思いました(歌舞伎町に住所変更になったのは昭和23年)。

 

鉄道網の発達で新宿駅は超巨大ターミナル駅に進化していきます。現在もギネス記録を持つ世界一乗降者数が多いのが新宿駅(なお世界のトップ10は新宿以下日本の駅が並ぶそうです)。コロナ禍で現在はそうではないでしょうが一日平均353万人が利用するといいます。たった一日で353万人

なお新宿駅はどこまで新宿とするかは意見が分かれます。メインのJR、京王線、小田急線のザ・新宿駅以外にも京王新線、都営新宿線、都営大江戸線、西部新宿線の新宿駅、更には新宿三丁目、新宿西口、都庁前、南新宿、西新宿五丁目、東新宿といった近接する駅まで入れるとその利用人数はもっと増えます。便宜上ひっくるめて大新宿駅とする人もいるほどです。↓の本より。

 

 

新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか 田村圭介×上原大介 SB新書
新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか 田村圭介×上原大介 SB新書

 

 

大雑把に360万人が行き来する、それもたった一日で、駅が新宿なのです。更にバスタ新宿が完成したことで全国各地に向かう高速バスがより整備されて究極のターミナル駅となりました。コロナ前は外国人観光客の多くが新宿駅を経由して日本各地に向かいました。

 

近年の開発で避けて通れないのトピックが副都心開発です。かつて新宿駅のすぐそばには淀橋浄水場が広がっていました。ヨドバシカメラの本店は新宿ですが、ヨドバシカメラのヨドバシは淀橋浄水場で分かるように地名からとっています(新宿区は淀橋区・四谷区・牛込区の旧3区からできています)。

広大な淀橋浄水場がその役目を終えて施設を無くすときに跡地にできたのが新宿副都心の高層ビル群です。あの都庁も淀橋浄水場跡地に建てられています。私が子どもの頃はあの一帯に平坦な空き地が広がっており、運動イベントが行われていました。その頃の記憶があります。

 

浄水場は水を溜めるため跡地も7mくらい低くなっていました。埋め立てることなくそのまま活用したため、現在の都庁や京王プラザホテル付近は低くなっており新宿駅地下街を進んでいくと階段を上ることなくそのままの高さで地上に出ます。陸橋も多くかつて浄水場だった名残があります。

なお、うちの両親は淀橋浄水場があったことをもちろん覚えていました。

 

そして都庁移転、すなわち東京都行政の中心を新宿に移すことが決定するのが昭和60年(1985年)。時の東京都知事である鈴木氏が立川出身で、西に文化が偏っていた(上野、浅草など)のを行政の中心を東側におき西高東低を緩和したいという思惑があったとか。今でも八王子、立川、高尾といった東側は自然やベッドタウンの印象が強いです。西側議員の反発を江戸東京博物館(墨田区)、葛西臨海公園(江戸川区)、東京武道館(足立区)に建築することで同意を得たという話が面白かったです。都庁が新宿にできるからこれらの施設ができたのかと思うと。

またもし都庁が移転していなかったら新宿および新宿区がなす現在の立ち位置(東京オリンピック・パラリンピック開会式会場や都知事の会見場所など)は大きく変わっていただろうと想像してしまいます。

 

このように江戸の歴史、東京都の事情、そして交通機関の発展によって世界に類を見ない土地となった新宿(新宿駅周辺)。その新宿も1990年あたりを境に都市開発は停滞し他のエリアに周回遅れの差がついたと著者は意見します。比較するのは大丸有(大手町、丸の内、有楽町)、渋谷、六本木、虎ノ門、品川らのエリア。新しい高層ビルに商業施設、新駅など再開発が進み変貌しています。対して新宿は昭和から平成のはじめにかけて大規模な開発が進みその反動で停滞していたとみられています。また大手デベロッパーがリーダーシップを取ることができず一貫性のない計画になったと指摘しています。

 

このように言いながら実は新宿の再開発は始まっており、今後加速度的に変化していく予定です。そのことを題名である“新宿の逆襲”と表現しているのです。

世界一の乗降客数を誇る新宿駅、東京都行政の中枢である都庁、アジア一の歓楽街歌舞伎町など他に比べて劣る要素が目立つわけでもない新宿が再開発問い視点からは出遅れており、しかしこれから一気に巻き返してくるという意味なのです。

 

そう新宿はどんどん再開発によって変化していくことが本書では示唆されています。

 

来年には小田急百貨店の解体工事が始まり2029年完成に向けて建築が始まります。その高さは都庁を越す260mの計画だそう(また余談ですがこの話を昨年小田急百貨店の店員に母が聞いたら解体計画などありませんと言われたそう。公式発表されていたのですが)。

また新宿駅西口側のビル群は解体工事が始まっており明治安田生命新宿ビルの全面建て替えになります。こちらは2025年完成予定。

 

直近では歌舞伎町の「新宿TOKYU MILANO再開発計画」が来年2022年開始を目途に動いています。これは東急の複合エンターテイメント施設開発の計画で、新しい歌舞伎町の顔になるかもしれません。

 

昨年にはついにJR新宿駅の東西自由通路が開通します。改札を通らなくとも最短距離で西口から東口まで地下を歩くことができるようになりました(またまた余談ですが数年前、新宿西口にいてアルタ前に行こうとして途方にくれる外国人をアルタ前まで連れて行ったことがあります。その方々は新宿駅は複雑すぎだと呆れていました)。

 

その前はバスタ新宿という空港ターミナルのような施設も完成しました。JRの線路の上にビルを建ててしまったのです。土地が無いなら線路上の空間を活用すればよい!という発想に驚かされました。

また、決定に至っていないようですが東口にも超高層ビルをルミネエスト新宿が建築する計画があるといいます。これは2040年完成を目指すというので流動的かもしれません。

 

新宿は20年後の2040年に向けて大規模な計画が実行中です。「新宿グランドターミナル」という考えで東京都と新宿区が共同で打ち出しています。

 

東京都都市整備局 「新宿の拠点再整備方針~新宿グランドターミナルの一体的な再編~」の策定について

 

20年計画で新宿に変革をもたらし、「東京中心部における業務・商業・観光の拠点」という役割を与えるのです。

新宿(新宿駅周辺)が変われば周辺である新宿区牛込エリアも少なからず影響を受けるはずです。現に近所では新規マンションの建築が絶え間なく続いています。日本の人口は減少するというのに延々とマンションを作り続けています。つまりはそれだけの需要が見込まれていて、それは新宿の再開発と連動しているのではないでしょうか。

 

この文章を書いている時点ではおそらく開催されるであろう東京オリンピック・パラリンピック。その中心となる土地は新宿区。アフターコロナ、アフター五輪で新宿そして新宿区の環境は激変することでしょう。新型コロナウィルスにより多くのことが停滞、衰退しましたが、来年から新たな“新宿の逆襲”が始まるかもしれません。そのような時代の流れを見据えながら今日も院を運営しています。

 

甲野 功

 

★ご予約はこちらへ

電話   :070-6529-3668

メール  :kouno.teate@gmail.com

LINE :@qee9465q

 

ご連絡お待ちしております。

 

こちらもあわせて読みたい

地域に関することを書いたブログはこちら→詳しくはこちらへ