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~日光東照宮 奥宮~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 日光東照宮奥宮
日光東照宮 奥宮(奥社)

 

 

関東有数のパワースポットと言えば日光東照宮。ここは本当にご利益があると信じています。今から十数年前。国家試験をパスしてあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師免許を得た私は東京都北区十条にある鍼灸整骨院に就職しました。国家資格を持つ術者として臨床現場に立ち始めたのです。新卒ルーキーというやつです。その年の秋。何度目かの仕事が苦しい時期。体調を崩して病院を受診すると肺梗塞の跡があると言われて点滴を受けることに。その時のベッドは奇しくも過去に麻疹で入院して9日間を過ごしたベッドでした。あの時は人生で最も危険なときでした。あのとき会社員を辞めて健康に関係する仕事に就こうとジョブチェンジを決意しました。そして国家資格を取得後、似たようなシチュエーションに。この仕事はやはり自分には荷が重かったのか?という不安を伴う自問自答をしました。その時、29歳。12月生まれの私は30歳を目前に体調不良を含めて滅入っていました。

このときふと頭をよぎったのがテレビ番組で関東最強のパワースポットだと紹介していた日光東照宮。過去に訪れたことのある日光東照宮。体調が戻ったらもう一度新たな気持ちで参拝してみようと休養中に考えたのでした。その後、単身日光東照宮を日帰りで参拝しました。すると驚くほど運気が上がり仕事もプライベートも良くなったのでした。そこから神社仏閣巡り、パワースポットと言われるところに足を運ぶようになりました。日光東照宮には実の両親と、結婚後に妻と、二人の子ども達と、訪れています。

 

日光東照宮で最も重要な場所はどこでしょうか。有名な陽明門(別名、日暮門)でしょうか。国宝の本殿でしょうか。おそらく答えは徳川家康公のお墓がある奥宮ではないでしょうか。東照宮とは江戸幕府を開いた徳川初代征夷大将軍、徳川家康を神格化して祭った神社のこと。全国にありますがその中で最も有名なものが日光東照宮。それは徳川家康の遺志により場所をしていて作られたもの。日光東照宮境内で最も高い位置にある奥宮。今回は日光東照宮奥宮の紹介です。

 

日光東照宮ホームページ|社殿の概要

 

まず奥宮とはなんでしょうか。奥社とも呼ばれ、神社境内にあり本社よりも奥にある神社のことです。例えば神奈川県箱根に箱根神社。芦ノ湖のほとりにあり、湖畔に立つ平和の鳥居から山を上がっていき本殿があります。それとは別に箱根駒ヶ岳の山頂には元宮がありそれが箱根神社奥宮になります。なお寺院では「奥の院」と呼ばれます。その名前のとおり本殿よりも奥に位置することが多く、特に神聖で重要な場所。陰陽論に当てはめると本殿が陽なら奥宮は陰。より重要なものは奥に隠してあるというイメージ。実際に日光東照宮奥宮は元々歴代の奥川将軍しか立ち入ることができませんでした。将軍だけ。つまり家康本人を除いて14名の将軍しか入ることができなかったということになります。その理由は何といっても徳川家康の墓所であるからでしょう。史実によると元和2年(1616年)4月17日に徳川家康は駿府城で死去。まず久能山に埋葬されます。翌年元和3年(1617年)に家康の霊柩は久能山を出発し日光に移動します。家康は東照大権現として祭られることに。

 

奥宮は有名な「眠り猫」の奥にある坂下門をくぐった先にあります。この坂下門は普段は開くことが無く将軍参詣のときしか開くことがありませんでした。そのため「開かずの門」とも言われました。なおとても有名な彫刻「眠り猫」ですが、実物をみると誰もが思ったよりも小さいと感じます。写真ではアップになっているのでもっと大きなものだと錯覚しているのでしょう。私もそう思いましたし、子ども達も同じ感想でした。坂下門をくぐると眠り猫の裏側には「雀」の彫刻があり知名度は低いですがこちらも見事です。坂下門にも天井には菊、その下には鶴の彫刻が施されております。坂下門は国指定重要文化財、眠り猫(および廻廊)は国宝に指定されています。

 

坂下門をくぐると奥宮までの参道となり、険しい石階段が207段続きます。この階段がなかなか険しく、足腰が問われます。昔両親を連れて行ったときはもう少し年をとったら登れないと嘆いていました。この苦労が神域までの道という感じがします。景色も神秘的で東照宮本殿を眼下に眺めることができます。

 

長い石階段を登り終えると鳥居が表れます。当初は木造だったのですが慶安3年(1650年)に唐銅製の鳥居となりました国指定重要文化財です。また石狛犬も重要文化財です。これは家康の遺臣であった松平右衛門大夫正綱秋元但馬守泰朝から特別に奉納が許されたもの。その横には承応3年(1654年)に建造された銅神庫があり、朝廷から贈られた家康の位配や宣旨、家康が着用した南蛮胴具足など最も重要な宝物が収蔵されていました。

 

そして拝殿です。寛永13年(1636年)に建造され、境内手前にある陽明門や本殿に比べるとかなり地味な印象があります。ここも華美な陽に対して奥の落ち着いた陰という対比を感じています。将軍以外昇段参拝が許さなかった徳川家にとって非常に重要な建物です。

拝殿の後ろには唐門(鋳抜門)があります。慶安3年(1650年)鋳工椎名伊豫の作で唐銅製(金・銀・銅の合金)です。扉以外の柱や梁などが1つの鋳型で作られていることから鋳抜門とも称されます。日光東照宮境内には別の唐門もあるので鋳抜門と言った方が混乱しないでしょう。

 

鋳抜門の奥が御祭神徳川家康公の墓所である奥社宝塔(御墓所)です。近づくことはできず周囲を周りながら眺めることしかできません。しかしその作りは非常に興味深いものです。正八角形5段の石で作られた基盤、その上に3段の青銅の基盤が置かれます。そこに宝塔が鎮座するのです。宝塔の前には鶴の燭台、唐獅子の香炉、花瓶からなる三具足が据えられているのです。その作りはこれまで見てきた神社や寺の構造物にはないもので本当に結界を敷いているような幾何学的で神秘的な様相です。東照宮350年祭をした昭和40年(1965年)まで非公開だったという謎に包まれています。

 

これら紹介した奥宮の建造物は全て国指定重要文化財です。

 

宝塔の片隅に御神木「叶杉」があります。この洞に祈ると願い事が叶うとされています。正確な樹齢は不明で日光東照宮の建立時には既に存在したと考えられています。木の上部は失われているのですが、いつ頃このようになったのか不明だそうです。

 

広い境内の日光東照宮において最も奥で最も高い位置にある奥宮。江戸時代には将軍しか立ち入ることができなかった神域。日光東照宮を参拝したら石階段を上ってここまで見てほしいところです。

 

甲野 功

 

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