開院時間
平日: 10:00 - 20:00(最終受付19:00)
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住所:東京都新宿区市谷甲良町2-6エクセル市ヶ谷B202
生まれも育ちも東京都新宿区の私。一番身近なデパートが伊勢丹でした。もちろん新宿三丁目の本店です。
社会人2年目になるまで大江戸線が開通していませんでした(※一部は既に開通していて都営12号線と呼ばれていた)。それまでは新宿に出るときはもっぱら都営バス。新宿駅方面に行くバスに乗り新宿に出ていました。今なら都営大江戸線で牛込柳町駅から3駅で新宿西口駅に到着。地下で各線新宿駅に繋がります。私が子どもの頃の昭和時代には牛込柳町駅は存在しません。バスに乗ります。当時から新宿駅周辺は混雑していて、特に終点の新宿駅西口バスターミナル付近は渋滞します。そのため特に要件がなければ手前の伊勢丹前バス停で下車していました。ですからデパートは伊勢丹ばかり行っていました。伊勢丹本館6階におもちゃ売り場があり、そこが私のお気に入り。小学生の男子ではおもちゃ売り場意外にデパートの楽しみは無いのですが。買えなくても展示品を見たり、新しい商品のチェックをしたり、今でいうウィンドショッピングをよくしていました。当時は新宿駅に小学校4年生から一人で行っていました。ですから伊勢丹は子ども一人でふらっと立ち寄る場所だったのです。
年齢が上がるに連れていつも行く伊勢丹というところが非常に有名であることに段々気付くようになります。そもそも新宿駅周辺には小田急百貨店、京王百貨店、伊勢丹とデパートが並んでいますがそのような環境が珍しい。他にもマルイ、ルミネなど百貨店とは言わないが複合商業施設もありました。そのような駅は他に多くありません。東海道新幹線が停まる駅くらいでしょうか。デパートの中でも最上位に来るのが伊勢丹という評判があり、うちの街には伊勢丹があるのだ、と自慢する人に出会うようになります。近すぎて実感がわかなかったのですが、伊勢丹は凄いのだなと分かるようになります。その伊勢丹本店である新宿店に小学生の頃から通っていたということは、人によっては非常に嫌味になるようだということを感じるようになっていきました。
つい最近も子ども達を連れて伊勢丹新宿店の地下食料品売り場、いわゆるデパ地下に行きケーキを買って帰りました。子ども達にとっては近場にあるお店という認識でしょう。今のうちから教育しておこうと、ここは凄いところで恵まれた環境なんだよと。
今回は伊勢丹本店の伊勢丹新宿店を紹介します。
伊勢丹があるのは新宿三丁目。JR他鉄道各線が通る乗降者数ギネス記録を誇る新宿駅からは離れています。新宿駅が中心とすると外れの方。ところが新宿という街は現在の新宿三丁目付近から発展しました。江戸時代に5大街道の一つ甲州街道に日本橋と高井戸までの間に新しく宿場を作るためにできたのが新宿です。文字通り新しい宿場。その土地は内藤家が江戸幕府に返上した屋敷地であったため内藤新宿と言われました。その場所が今の新宿三丁目や新宿御苑付近です。街道の分かれ道である追分という言葉も残っています。そこから新宿の街並みは発展していきます。土地が余っていたから駅を作ることができたわけです。新宿駅の向こう側には広大な淀橋浄水場がありました。ちなみにヨドバシカメラの店名は淀橋からです。それくらい中心地から離れていたということ。新宿三丁目に構える伊勢丹はそれだけ歴史があり、良い立地を確保していたと言えるでしょう。
現在の伊勢丹は㈱三越伊勢丹ホールディングス傘下の㈱三越伊勢丹が運営しています。三越と合併する前は単独の伊勢丹でした。その起源は呉服店です。伊勢丹は明治19年(1886年)に小菅丹治により伊勢屋丹治呉服店として創業したのが起源です。場所は甲州街道ではなく中山道沿いの東京府神田区(現在の東京都千代田区外神田一丁目)でした。大正12年(1923年)の関東大震災で焼失してしまうものの翌年再建します。ここで百貨店形式に変更します。昭和5年(1930年)に株式会社伊勢丹が設立され新宿での移転が決定します。昭和8年(1933年)に神田の店を閉店して新宿に開店します。よって伊勢丹新宿店は戦前の昭和8年(1933年)から始まったのです。
昭和10年(1935年)には隣接する百貨店ほてい屋を買収し、その後建物を一体化します。戦後建物の一部を進駐軍に接収されるものの昭和28年(1953年) に解除されます。そこから伊勢丹新宿店は規模を拡大していきます。昭和41年(1966年)に新宿伊勢丹会館を開店、昭和43年(1968年)に「男の新館」(後の「メンズ館」)を開店、平成20年(2008年)に「Isetan Girl」を地下2階にオープン(※2013年により2階へ移転)しました。伊勢丹の本店、旗艦店として新宿の街とともに発展してきました。
伊勢丹が順風満帆かというとそうではありません。戦後多くの支店を開業し、そして閉店してきました。現在のところ、直営店は新宿店、立川店、浦和店の3店舗のみとなっています。かつて行ったことがあった地方の伊勢丹も無くなったところが少なくありません。そして平成20年(2008年)にライバル百貨店であった三越を救済する形で㈱三越伊勢丹ホールディングスを設立し、三越と経営統合します。その後㈱三越伊勢丹が発足し法人の伊勢丹は解散しています。平成時代の後半になるとデパート離れが進み百貨店不況となります。地方も含めてデパートが閉業に追い込まれていきます。地元民としては都営大江戸線開通の影響は大きく、大江戸線を使うようになると駅の地下から直結の小田急、京王の方に行くようになり伊勢丹から足が遠のきます。私も大江戸線開通以降買い物は小田急百貨店になりました。その一方で平成20年(2008年)の東京メトロ副都心線開通は追い風となります。副都心線が東武東上線、西武池袋線と直通となります(その後、東急東横線とも直通運転に)。埼玉、池袋、渋谷、横浜方面からも一本で通るようになります。また副都心線は急行があるため急行停車駅の新宿三丁目駅は乗降者が増え、新宿三丁目駅出口からすぐに行ける伊勢丹は有利に。特に地下鉄出口に近い地下食料品売り場を大改装してブランドイメージを上げました。そして記憶に新しい2020年からのコロナ禍。百貨店どころか商業全体が大きなダメージを受ける中、工夫で売上を伸ばし2022年はバブル期を上回る過去最高売上を叩き出します。伊勢丹新宿店は店舗別売上高日本一位なのです。2024年度の売上高は東京のデパート売上高全体(22店舗合計)に対して約24%という驚異的な数字を誇ります。
歴史と実力を兼ね備える伊勢丹新宿店。その様相も群を抜いています。本館を施工したのは清水組で、外装はアール・デコ様式。東京都歴史的建造物に選定されています。外観の展示も季節ごとに変えており、そのセンスは目を引きます。新宿の顔という感じ。内装も大幅リニューアルをして商品展示数を減らし、ゆとりある空間にしています。私が幼少期の頃はもっと庶民的な雰囲気でしたが、今は中に入るだけで特別な気持ちになる豪華で洗練された空間になっています。
紆余曲折を経て新宿三丁目のランドマークとなっている伊勢丹新宿店。伊勢丹の本拠地として風格ある建物が並びます。苦境を乗り越えて日本一のデパートとしてそこに在ります。
甲野 功
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