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この本を読みました。
経営戦略全史〔完全版〕三谷宏治著 日経ビジネス人文庫
私は三谷宏治氏の経営戦略全史シリーズが好きです。最初はマンガ版から入りました。もう10年前のことです。個人事業主として鍼灸マッサージ院を経営するにあたり多くの本を購入して学びましたが、その中でも上位に入る有用な本です。今回、完全版と銘打った文庫版を本屋で見つけてすぐに購入しました。これまでの知識で大体の内容が分かる上に、新しい項目が加わっています。マンガ版ではページの関係で解説が足りなかった箇所を補足し、AIや戦争といった最初に経営戦略全史を手に取ったときには存在しなかった項目が追加されています。
当たり前のように経営戦略という言葉を使っています。本においても私も。しかし“戦略”という言葉は元々軍事用語です。経営活動を戦争と見立てている。そういうことでしょうか。また“戦術”という言葉もあります。同じく軍事用語ですが戦術と戦略は別のもの。先月熱海で行われた「あましフェス2026」で進路相談の講義をさせてもらいましたが、そこで戦略と戦術の違いを説明したものです。なぜ経営戦略という言葉があるのでしょう。その立ち止まったときに気になる疑問がこの経営戦略全史〔完全版〕にコラムとして記載されていました。タイトルが「-戦争と経営戦略-」。戦争と経営戦略についてどのような関係があるのでしょうか。
日本語で経営戦略といいますが、元は英語圏の言葉です。ストラジー:strategy。軍事用語です。ちなみに戦術はタクティス:tacticsです。企業経営の世界でストラジーが用いられるようになり、それを日本語に訳したわけです。それではストラジー(=戦略)が用いられるようになったのはいつなのか。本書によれば1950~60年代といいます。当時も現在も地球上のどこかで戦争は起きていて、経営を戦争になぞらえることは物議を醸しだすところ。しかし戦争の進め方と経営は非常に類似性が認められたといいます。しかもそれは、まず戦争とは何か、という命題から生まれました。フランス革命に起因して勃発したナポレオン戦争(1803~1815)にプロイセン陸軍の将校として参加したプロイセン王国軍人かつ軍事学者であるカール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz, 1780~1831)の研究は、彼の死後発表された『戦争論』(1832年)で示されます。ここで初めて“戦争目的”が議論されることになります。彼は、「戦争とは政治における国家間紛争の一解決手段である」としました。政治における、解決手段の一つ、であると。敵国を滅ぼす戦闘行為ではないわけです。政治の前提があり、一解決手段であって絶対的な(唯一の)手段ではないのです。そうでなければ”絶対的戦争”、すなわち敵国の殲滅まで戦うしかなくなるのだと言います。
話はそれますが“戦争目的”に注目することは今の時代非常に重要だと考えます。何のために戦争をしているのか。戦争によって解決しようとする問題は何か。そこが分からなければ戦争は終了しようがありません。文字通り絶対的戦争となって相手国を滅ぼすまで続くのか。今各地で戦争・紛争が起きている中。戦争は何の目的で行っているのかを整理して考える必要があるでしょう。第二次世界大戦を終えた日本はこの点を議論してこない、きちんと考えてこなかったと私は感じます。私が小学校・中学校の頃、ある教員は日本に軍隊(自衛隊)があるから平和が来ないのだ、憲法で戦争放棄をしたのだから自衛隊など必要ない、と主張していました。旧日本軍はいかに悪かったのかを長々と教室で語っていました。今聞くと小中学生に聞かせる内容ではない例えをしていました。戦争を一方的なエゴによる残虐行為と捉えている。戦争は当然良くないのですが、外国が戦争を仕掛けてきたら?という想定が全くない理屈は、子ども心に矛盾でいっぱいでした。
話を戻して、企業経営の観点において、経営活動が競合他社との戦争(政治による解決手段の一つという意味)だと想定すると分かりやすいわけです。競合他社が破産するまでやるのか。そんなわけはありません。結果的に廃業になることはあっても、そのような絶対的戦争にはなりませんし、しません。競合他社がいた方が経済そのものは盛んになりますし。経営活動という戦争(のようなもの)において戦略が必要になる。そして“戦略には目的が必要”なのです。競合からシェアを奪うのか、利益をより上げるのか。はたまた市場から撃退するのか。攻めることだけが戦略ではなく、撤退や逃走も立派な戦略の一つ。相手に勝つには勝ったがこちらも滅んでしまったらそれは戦略の失敗です。
『戦争論』を記したクラウゼヴィッツによれば、ナポレオンが(当初は)連戦連勝したのは、勝てる(かつ、決め手となる)ところでしか戦わなかったからだと指摘しています。1793年、トゥーロン港をめぐる戦争においてナポレオンは小さな砦レギエットを攻め落とします。重要かつ敵が手薄な「決め手となる場所」がここであることを見抜き、結果としてトゥーロン港の奪取に成功した。ただ闇雲に目標に向けて戦うのではなくポイントとなる場面を見極める。これも経営に通じることでしょう。
戦争における戦略の理解が進んだ事例としてフレデリック・ランチェスター(Frederick Lanchester:1868~1946年)が1914年に発表したランチェスターの法則です。第一次世界大戦が1914年から1918年までありました。この史上初の世界大戦における戦闘・被害状況を分析したのがランチェスターでした。ランチェスターの法則は2つあります。
・ランチェスターの第1法則:一騎打ちの法則
1人が1人としか戦えないなら、数の多い方がその差の分だけ勝つ。
・ランチェスターの第2法則:集中効果の法則
銃火器のように特定の敵を複数の味方が同時に攻撃できる場合、複数人が1人と戦えるので、戦力はその数の2乗に比例する。
第1法則は当たり前のことで多勢の方が強いことを示します。経営活動に置き換えるとリソース(資源:ヒト、モノ、カネ、時間、情報など)が豊富な分だけ有利であることに繋がるでしょう。第2法則は敵が少ない戦場に戦力を集中すればその戦場は勝てるということを示唆しています。経営活動では市場シェアの低い弱者がする戦いは、一点に集中して接近戦の一騎打ちに持ち込むこと。これがニッチへの集中戦略。また武器を変えること。これは差別化。市場シェア2位だとしたらまず戦う、もしくはM&Aで吸収するべきは市場1位の王者でなく3位以下であり、そこからシェアを奪ってから1位に挑むのが弱者の戦略であるといいます。ランチェスターの法則から経営戦略に落とし込んだランチェスター戦略は現在もあります。
更に古い古典から経営戦略を学ぼうという動きがあります。それが孫武(BC535~?)らによる『孫子』(BC515)です。計篇(開戦前に考えるべきこと)に始まり用間篇(諜報活動)に終わる13篇で構成される『孫子』。今も孫子から学ぶ経営戦略というテーマは健在です。『孫子』では、何より計篇での廟算、つまり開戦前の軍議での敵味方の状況分析・比較を重視しました。約1500年の前に書かれた書物が経営戦略に役立つというのは面白いこと。生死をかけた行動だからこそ、そこから学ぶことがあるのでしょう。
近代においても第二次世界大戦における旧日本軍の戦略。それまで連勝を重ねてきたからこその驕りや失敗が指摘されています。戦術は優れているが戦略が愚か。数十年が経って冷静な分析がされますが、当時は理解できないことだったはずです。
戦争。『戦争論』によれば戦争とは政治という前提における活動。そして政治と経済は密接に関りがあります。経済を動かすのは個々の経営。そのように強引に繋げていけば戦争から経営活動を学び「経営戦略」という言葉、そして概念が生まれたことは必然だったのかもしれません。
甲野 功
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