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先日、東洋医学について語るBARに参加しました。
私は鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師であるので東洋医学を趣味ではなくきちんと専門学校で学び、あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師国家試験に合格してライセンス(国家資格免許)を取得しています。体系立てた学問として学び、厚生労働省管轄の最低限の知識を得ているという証をもらっています。週刊誌の特集やムック本、動画やブログなどに東洋医学関連の情報は溢れていますが、職業として東洋医学を学び実践する者は多くありません。私は柔道整復師でもあり柔道整復師国家試験も通過していますが、この国家試験に東洋医学に関する問題は一つもありません。柔道の歴史や礼法は東洋医学に入ると強弁するならそうかもしれませんが(どちらかというと日本伝統の文化)。国家試験レベルで東洋医学を学ぶ仕事は鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師だけでしょう。医学部では漢方の授業がありますが、医師国家試験における漢方薬の出題は西洋医学の適応疾患に関連した生薬や副作用が中心で、東洋医学的な理論を問うものではありません。今後はどうなるか分かりませんが、おそらく鍼灸師のような五臓六腑とか気血津液とかを問わせることはないでしょう。
東洋医学について語るBARには獣医師の方がいらっしゃいました。このような場に参加するくらいですから東洋医学に興味があります。そして獣医師ですから医学知識があります。おそらく私よりもずっとあるでしょう。会話の中でも私が東洋医学に関わる話をすると興味深く耳を傾けていました。このとき、感じたことが<東洋医学をどう訳すか>という課題です。
鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師は西洋医学の勉強もします。むしろ8割くらいは西洋医学、現代医学の内容です。解剖学、生理学、病理学、臨床医学各論、臨床医学総論、リハビリテーション学、公衆衛生学。国家試験の出題は東洋医学分野よりもずっと多いです。国家試験は全体で6割とれば合格できるので東洋医学分野を捨てても合格できなくもないのです(他にも関係法規など臨床と直接関係のない科目もありますし)。つまり国家資格レベルで西洋医学と東洋医学の両方を学ぶのが鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師です。特に鍼灸師の方がより東洋医学分野を勉強します。その上で東洋医学のことを獣医師さんにどう訳すのかという課題に直面しました。
ここで断っておきますが<東洋医学を説明する>こととは違います。訳すのです。説明するであれば、東洋医学にはこういう独自の考え方がありますよ、と話します。相手が東洋医学について知らないので知識、情報を与えます。訳すというのは、相手とこちらが共通の情報を持っていて表現方法が異なるものを意思疎通させることになります。難易度がかなり変わります。医学知識がない一般の方に東洋医学を説明する方がまだ簡単で、こういうものですよ、で済みます。医学知識のある医師及び医療従事者に対しては、西洋医学(現代医学)に対して東洋医学だとこのように考えます、こんなやり方をします、と解説しないといけません。共通することもあれば、完全に西洋医学と相いれないものありますし、近年整合性が取れてきたという内容もあります。
更に踏み込んで考えると“訳す”といっても翻訳と通訳の違いもあります。翻訳は<文字や文章(書き言葉)>を対象とし正確な文章を作成すること。通訳は<発言(話し言葉)>を対象としてリアルタイムで口頭変換を行います。東洋医学について語るBARでの会話は通訳です。いま文章にしていますが、ブログや論文等にする場合は翻訳となります。翻訳は正確性が求められて、かつ文章力が問われます。ここはもうAIが担うようになっているかもしれません。非常に細かいことはまだ人間(有識者)が上かもしれませんがどんどん学習していくと東洋医学の用語を翻訳するのはAIの仕事になることでしょう。医学知識があるという前提であればなおさら。対して通訳は会話ですから即興で行わないといけず、まだまだ人間の力が必要でしょう。
そして本題の<東洋医学をどう訳すか>という話題。西洋医学、現代医学では科学の発達で多くのことが判明しています。対して東洋医学は今よりも器機がなく、人間の観察力、直感、経験がものをいった時代のもの。そこから科学に照らし合わせつつも伝統的な思想を踏襲してきたと言えます。なお東洋医学と一口にいっても東洋=西洋ではないと考えると中東やインドまで地域が広げることもあります。狭義では東アジア、具体的には中国・韓国・日本で今も用いられる東洋思想に基づいた伝統医療を東洋医学というのが一般的です。更に中医学、韓医学と日本で発展してきたいわゆる経絡治療はそれぞれ相違点があります。細かく言えば日本の伝統鍼灸というくくりにしても経絡治療、太極療法、積聚治療などが挙げられますし、そうではないという意見もあるでしょう。日本では漢方は薬剤師、医師の分野で鍼灸師は原則扱えません(※鍼灸師は処方箋を出せないし調合もできない。登録販売者になって一部の漢方薬を販売することは可能。)。しかし東洋医学の理論は鍼灸師の方が分かっていることも。余談ですが薬剤師から鍼灸師になる人もいますし、鍼灸師から薬剤師になる人もいます。このような事情を踏まえて、話す相手のレベルに合わせて東洋医学を訳さないといけません。
具体的な例を出しましょう。東洋医学特有の考え方として陰陽五行説、五臓六腑があります。陰陽五行説は陰陽論と五行説が合わさったもの。五臓六腑は一般用語でもありますが、人の身体には6つの臓と6つの腑があるとします。だったら六臓六腑じゃないのか?、臓腑という言葉は臓と腑で分けるのか?といった疑問があるでしょう。はたまた陰陽は分かるが陰陽論とは何?、五行とは何?という質問が出てきます。それらを説明することはできます。それを医学としてどう利用するのか、西洋医学に当てはめるとどうなるのか。文章で詳細に説明するのが翻訳ですし、会話の中で適宜説明するのが通訳。五臓六腑があるのは分かった。その概念を使ってどう施術(治療)するのかを話さないといけません。医学知識(というより解剖学、生理学)がある方には五臓の肝・心・脾・肺・腎というのは人体の臓器である肝臓・心臓・秘蔵・肺・腎臓とは違いますよと言わないといけません。肺はどちらも肺を表現するのでまさか東洋医学でいう肺が、我々が知っている酸素を摂取するための気管である肺と異なるとは思ってもみない医師もいます。東洋医学では肺は“水の上源”といって水の動きに関わるのですよ、と話しても、は???ということに。医師からすれば、肺は呼吸器で水分代謝に関わるはずないでしょう、という。しかも東洋医学でいう“水”は津液のことを指していて、解剖学としての体内に存在する水分と意味が違うのです。かといって五臓六腑と解剖学上の臓器と完全に別概念かというとそうでもなく、共通するところがたくさんあります。更に六腑に中に三焦という“名は有るが形なし”という一見意味不明な存在がありますが、近年の研究でこれはファッシア(fascia:筋膜のようなもの)ではないかと提唱されています。そういうことを踏まえて相手の質問や認識に合わせて話をしていかないといけません。
私は大学で物理学を学びました。専門学校で東洋医学概論を習ったときに懐疑的で胡散臭いと思ったものです。それが教員養成科まで進み、鍼灸専門学校教員免許を取るに至りとても知識と向き合い方が変わりました。だからこそ東洋医学を訳すことは難しいと感じます。今後もずっと続く課題でしょう。
甲野 功
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