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~一人旅は下見を兼ねる~

あじさい鍼灸マッサージ治療院 ロマンスカーGSE
箱根湯本駅 ロマンスカーGSE

 

 

私は一人で旅行に出かけることが多いです。一緒に行く友人がいないといえばそうですが。結婚をして子どもが生まれるとなかなか仕事以外で友人と旅行はできないような気がします。遠い場所での結婚式とかくらいしか思いつきません。

 

早く行きたかったら一人で行け、遠くに行きたかったらみんなで行け。

 

そんな言葉があるようです。元ネタは異国の言葉らしいです。私の感覚からすると一人で行くと早く遠くまで行けるという感覚です。今年に入ってから京都箱根に一人で行きました。京都は延暦寺から京都市内を歩き回り、箱根は一人山を登り滝をみてから国道に出て芦ノ湖まで歩きました。一人でないとできない(他人が付き合うのは無理がある)工程を組んでしまいます。自分自身の体力に挑戦しつつ、この目で見ておきたいものを選択して可能な限り遂行するので個人行動になってしまいます。なんだったら毎回完全に遂行することができないくらい。

一人旅には様々な目的があるのですが、子どもが生まれてからは下見を兼ねるという目的が加わりました

 

一人の旅と集団の旅は意味合いがかなり変わります。上に挙げた早く行く・遠くに行くという話ではないですが、一人の旅は発見で集団の旅は共感という考えがあります。一人の場合は新たな景色や体験をする、それは知らなかった発見です。同じところに何度も行ったとしてもその度に違いを、あるいはまったく変わらないことを、見つけると思います。集団の旅は一緒にその体験を分かち合うことに重きを置くと思います。だから誰と行くかが非常に重要で、仮に接待のように上役と旅行するならばその感覚は大きく変わるでしょう。一人旅はどこに行くかが重要で、集団の旅は誰と行くかが重要です

子どもが生まれて子ども達と旅行にいくときは、旅先で楽しむ子ども達の姿をみることが主目的、という感じです。もしくは、子ども達と一緒に普段いない場所にいること、が目的というか。主体は子どもで、子どもがどのような体験をするかが最重要課題。そのため純粋に個人が楽しめるかというとそうではないのです。というよりそこは重要ではない。過去に“お母さんはパフェを食べていなのになんで嬉しそうなの?”というエピソードを知りました。喫茶店に入った小学生の女の子と母親。女の子は大好きなパフェを食べて嬉しい。母はパフェを頼んでいません。しかし母親は女の子の様子を見ながら嬉しそうに微笑んでいる。その理由が女の子には分からない。このエピソードは親になると理解できます。自分が美味しいものを食べなくても子どもが美味しいと喜んでいる姿をみれば満たされる。そういうものです。

子どもとの旅行も一緒で、私が行きたいところというより子ども達が楽しめるところを考えて計画します。子どもが主。子どもの様子をみる、子どもと一緒に旅行に行くという行為を楽しむ。そういう感覚です。

 

そのような心情になると一人旅は下見というか事前調査を兼ねることになるのです。赤ちゃんのときは本当にそうですが子どもを連れての旅行は非常に大変です。ベビーカーで移動すると常に段差が悩みの種。駅から交通機関から旅行先から段差をどうクリアするか考えます。そして人がたくさんいる中で泣いたら、おむつを替えるときは、体調が悪くなったら、などなど懸念事項だらけです。初めて長女を連れて箱根に旅行にいったときは揺れるロマンスカーのトイレでおむつを替えて大変でした。授乳や食事も大きな悩み。宿泊となれば普段と違う環境でなかなか寝付かない。そのような悩みばかりです。大きくなっても車に酔った、機嫌が悪い、時間がかかって間に合わないなど問題の質が変わるだけ大変です。ロマンスカーの発車時刻に間に合うかドキドキし、バスで嘔吐してその処置をし、歩けないと言われて冬なのに汗だくになりながら抱っこして山道を歩いて。そんなことがあるので旅行先は過去に行ったことがあり勝手が分かっているところばかりになります。だから同じ箱根が多くなるし、過去に何度も訪れた日光京都を選びます。子どもを連れることで意識の大半を費やすので初めての行先で新たな発見など楽しむ余裕がありません。一人なら間違ったらすぐにリカバリーできますが、子どもがいるとそれどころではないのです。旅行とは言えない、すみだ水族館や東京駅ですら初めて行くと細かいミスがあり、余計に歩いたり勝手が分からず混乱したりします。子どもがいると特におかしな判断をしやすくなります。

 

一人旅をすることで道中を確認します。その際に子どもと一緒に行けるかどうかを考えるようになっています。好きそうかな、気に入りそうかな、と。行くとしたら子どもの体力では大丈夫か。かかる時間はどうだろうか。そのようなことをいつも考えてしまいます。昨年は春に一人で京都に旅行に行きました。夜行バスで早朝6時に京都駅に到着。嵐山を散策し宇治を歩き、後輩の社交ダンスパーティーに出席しその夜に帰宅しました。一人だからできるかなり無茶なスケジュール。そこで撮影した竹林や平等院鳳凰堂の写真を見た長女が行ってみたいといい、10月に長女を連れて京都へ。乗り物酔いをする長女のことを考えてゆっくりとしたスケジュール。一人なら3倍は観光できるところをずいぶんと減らして。平等院鳳凰堂は4月に観たばかりでまた10月に行くことに。他にも清水寺も何度目か。観光自体に新鮮味がありませんがスムーズに連れていくためには事前に行って知っているところに限ります。初めて見る京都の文化に触れる長女の姿をみるのが目的です

 

一人で出かけて行き先が良かったら子どもに紹介する。そのような気持ちで一人旅をしています。またそう考えるのには自身の体験が関係します。私は幼少期、具体的には未就学児から小学校6年生まで、父に連れられたくさん山登りをしました。ところがどこに登ったのかほとんど覚えていません。断片的に、山頂に釈迦如来像があった、上野発の夜行列車に乗って深夜に駅に付き段ボールに包まって始発のバスを待った、ぎゅうぎゅう詰めの山小屋で仮眠をとった、などの記憶があるのですが、なんという山に登ったのかはっきり覚えていません。記憶力が悪いわけではありません。むしろ人より物事を覚えている方だと思っています。まして小学校低学年ならまだしも6年生にもなればかなり分かっているはず。それでもどんな山を登ったのか分からない。その理由は父がきちんと教えなかったからです。この山に登って何泊する。どういう列車に乗ってこの駅に降りる。そういったことを教えてもらった記憶がない。あっても消えている。結局、山登りの主役は父でそれに私が着いていったというだけ。最初は家族4人で行っていた山登りは、母が来なくなり、姉が来なくなり、私だけが同行するようになったのです。そして父が行きたい山にとにかく連れていかれた。だから記憶に残っていないのです。大人になれば貴重な経験ですが、いかんせん詳しいことが不明。これは本当にもったいない。

私は自分の子ども達を連れて行くときは事前にどこに、どのように行くのかをしっかり教えます。行き先の歴史的背景や現在のトレンドなども教えていきます。当人が覚えているかは分かりませんが、ただ出かけた、お土産を買って帰ってきた、では後に残らないと思うのです。箱根に行くならここが江戸に入る要所だったとか、日光ならなぜ日光が観光地として栄えているのか、京都なら過去にどのような出来事がここで起きたのか、などを行く前に話しておきます。社会科見学のように事前に知識を得て、それを目で見て足で歩いて体験する。そうして欲しいのです。

 

そんなことを考えて一人旅をしながら、子ども達を連れて行くとしたらどうだろう、ということも頭に浮かべています。ここに連れていったら喜ぶかな?と。

 

甲野 功

 

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