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先日報道されたニュースです。東南アジアのタイで20歳の歌手が死亡しました。
中央日報日本語版
タイで「首を捻る」マッサージを受けた歌手、全身麻痺の末に死亡 12/10(火)10:08配信
この記事によると、タイで首を捻るマッサージを受けた女性歌手が全身麻痺などの後遺症で死亡したとあります。現地メディアによると12月8日(現地時間)に伝統歌謡歌手チャヤーダ・プラオ・ホムさん(20)がタイ北東部の病院で血液感染と脳浮腫で死亡しました。20歳で歌手活動を行っていた女性の死亡はセンセーショナルですが、その背景が注目されています。記事によると彼女は10月初めからマッサージ店を利用していました。最初の2回は同じマッサージ師から首を捻るマッサージを受けます。この手技を受けてから2日後に頭の後ろ側に痛みが生じはじめ、1週間が経つと手足が麻痺する感じがしました。その後に2回目を受けてから2週間ほど経つと、体が硬くなり痛みがひどくなります。ベッドで体をひっくり返せないほど痛くて鎮痛剤を飲んでもほとんど眠れなかった。3回目は手の力の強いマッサージ師からマッサージを受けた後には全身に腫れとあざができました。
この情報から知るとなぜこのマッサージ店に通ったのか?という疑問が浮かびます。最初の首を捻るマッサージを受けた時点で痛みに手足が麻痺する感じと症状が出ているわけです。その理由として彼女は「私の母はマッサージ師であり、私は幼いごろからタイのマッサージを勉強してきた」、「マッサージが大好きで疑わなかったし、(全身の痛みが)単に私がマッサージを受けた結果だと思った」と説明したということ。身内にマッサージ師がいて本人も勉強してきた。だから症状が起きても悪く思えなかったようです。彼女は「私は回復しなければならない」、「私の話がマッサージをたくさん受ける人々に教訓になることを願う」と強調したとあります。最終的に血液感染と脳浮腫が原因で死亡しました。他のニュースでは死因は脊髄の炎症と血流感染症によるものともあります。
FNNプライムオンライン
タイで20歳歌手がマッサージ後に体調異変…体の半分以上が動かなくなり死亡 既往歴のある52歳男性が直後に死亡したケースも 12/11(水) 20:03配信
ではマッサージと死因に関係があるのかという?という話です。酷いマッサージを受けたとして脳脊髄に異常をきたし血液感染症を発症するのでしょうか。それについて彼女は頸椎離断していたともあります。それを示すX線(レントゲン)写真も報道されています。
【写真】タイの歌手チャヤーダ・プラオ・ホムさんと頸椎離断のX線写真
このことから首を捻るマッサージを受けたせいで頸椎離断が起き、その結果、死に至ったのではないかと推測されるわけです。報道によるとタイ当局は彼女の死因について「マッサージとの因果関係はない」としているといいます。
このケースは私にとって非常に興味深く考えさせられるものです。あん摩マッサージ指圧師という当事者であり、タイと日本で社会的事情が似通っていると思われるからです。
まず技術的なことを説明しましょう。“首を捻るマッサージ”とありますがどのようなものなのか。これは推測の域ですが一般に頚椎スラストと呼ばれるカイロプラクティックなどの技術と思われます。首には頚椎という7個の骨が縦に積まれています。頚椎には穴が空いていて7つ並んでトンネル状になっています。そこを脳(延髄)から連なる頚髄が通っています。頚椎の並び(アライメント)が一部回転して崩れていると頚椎間から出る頚神経が圧迫したり頚椎に付着している筋肉が張ったりしてしまうと考え、それを手指によって戻すことを目的とするのが頚椎スラストです。この際、強く瞬間的に首を捻る操作を術者は行います。YouTubeやTikTokなどで首をグキっと捻って音が鳴る動画が出回っていますが、まさにそれです。20年くらい前にアメリカのカイロプラクティックが流行り、テレビでも取り上げられた時期がありました。私も技術として修得しています。
しかしこの頚椎スラストは健康被害が起きる可能性があり平成3年に現厚生労働省から注意勧告が出されています。なぜ危険なことをするのかという疑問があるかもしれませんが、アメリカの場合骨格が大きく靭帯も強くて人種的に合っていたという説があります。また曲がっている(捻じれている)ものは真っすぐにすれば良くなるという考え方も。ただアメリカでも女性モデルがこの手技が原因と思われる死亡事故が起きております。こちらの海外サイトの記事でもその危険性について言及しています。
Warnings issued after Thai woman dies following neck-twisting massage
この記事によるとタイのティラワット・ヘマチュダ医師はFacebookで首を捻ったりマッサージしたりすると麻痺が引き起こされる可能性があると述べており、同氏によればアメリカの神経科医約180人が、このような手技も入る頸椎矯正を受けた後に、21~60歳55人の患者が脳梗塞による麻痺を発症したと報告しているといいます。“首を捻ったマッサージ”がどの程度のものだったのか詳細は不明ですが、X線画像で所見が出ているなら何かしら首に障害が出ていたことは確かで、“首を捻ったマッサージ”によって起きたことなのかが分かりません。何にせよ臨床に出ているマッサージ師にとって首(頚部)の施術は非常に注意をしないといけない部位であることは間違いありません。
次にタイのマッサージに“首を捻るマッサージ”があるのか、という点です。私はタイ人からタイ古式マッサージを習いました。タイでも古くから僧侶がマッサージを行ってきました。その技術体系は独特でヨーロッパのmassageや中国の按摩、日本の指圧らとは異なります。ゆったりとしたリズム、ストレッチを加えた手技、血管にもアプローチをするなど。説明するときりがないのですが日本ではタイ古式というネーミングがあるように古来からあるやり方のマッサージ体系があります。少なくとも私が習ったタイ古式マッサージには首を捻る、いわゆるカイロプラクティックの頚椎スラストに近いやり方はありませんでした。紹介した海外サイトの記事の中でもタイの伝統的なマッサージでは首をひねるマッサージは行われないとしています。一般の人には「マッサージ」で一括りかもしれませんが術者の私には技術的なことが気になります。按摩、指圧、massage、タイ古式マッサージ、アールヴェーダ、ロミロミ、リフレクソロジーなどそれぞれ発祥も理論も技術も違います。伝統的なタイ古式マッサージによるものなのか、それとは別の技術なのか。術者側の意見として、他のマッサージ師と差別化をするためにカイロプラクティックの技術を取り入れたのではないのか、という疑問があるのです。話を戻して頚椎スラストは危険でありますし、アメリカではカイロプラクティックは国家資格であり西洋医師(メディカルドクター)と並びます。国家試験パスと臨床実習が必要なのです。それくらい修得には時間がかかるのです。タイの伝統的なマッサージをしたのか、現在のタイのマッサージをしたのか、それとも。海外サイトの記事によると(和訳ですが)
『
タイ保健省保健サービス支援局副局長は「マッサージ店側が(死亡者に)提供したマッサージサービスが正しい施術なのか、タイ伝統マッサージの標準パターンに合致するのかを確認する」と述べた。また「現在、一部のタイマッサージ師は様々な技術を使用しており、それが基準に達し、または負傷を起こしかねないサービスにつながっている」と指摘した。
』
とあり、タイでも問題視されているようです。
そして最後の指摘はその制度です。日本では業としてマッサージを行うには、医師を除くと、あん摩マッサージ指圧師免許を持たないといけません。業としてとは反復継続の意思を持って行うことと法解釈されて、仕事にしていくなら免許が必要なのです(※厳密には仕事にしないで趣味で行っていくことも禁止です)。タイでもマッサージ師は免許制度があり国家資格です。5年前に妊婦が足裏マッサージを受けて流産を経て死亡した事故がありましたが、このとき足裏マッサージをした術者は無資格者でした。日本でもタイでも無資格でマッサージを行う人がいるのです。日本ではマッサージを行うのに国家資格が必要だと知っている人の方が少ないでしょうし、知っていて隠している者、法律があることを分かって無視している人もいます。タイでも同じような状況であるようです。技術があればいい、お客が求めているからいい、という話ではありません。健康被害を起こさないように学び訓練するから免許であり資格なのです。今回のマッサージ師もタイの免許を持っていたのか。それが大きな争点のはずなのです。というのもマッサージと死因の因果関係を立証するのが困難だからです。たまたま頚椎に既往があった人がマッサージを受けた後に脳脊髄の障害が起きて死亡した、ということも考えられるのです。絶対に首を捻るマッサージのせいで起きたと立証できないと罪に問えないでしょうし、それを立証することができるのか。誰でもマッサージはできますという風潮は危険で、マッサージで健康被害が起きる可能性はあります。そもそもマッサージしてはいけない疾患を持っている人もいます。その判断ができるようになるため日本では3年間も勉強して国家試験を受験させるのです。しかしマッサージは誰がやっても構わないという状況は行為自体を罪に問わないため、全て事故が起きてから。健康被害が生じてからやっと問題視されます。しかも因果関係を立証することが難しい。
今回のニュース。本当に首を捻るマッサージが原因で死亡したのかははっきりしません。しかし状況としてはかなりそうだろうと思えるものです。背景には資格制度があるのに実効していないということが根本の問題にあると思われます。タイはマッサージが有名で観光客にも人気です。タイでマッサージを受けたら死んでしまった人がいる、というニュースが広まれば観光業としても打撃です。この件を機に調査を進めて再発防止をはかってもらいたいです。過去に妊婦の死亡事故が起きているのですから。また日本も似た環境にあり他人事ではない。
甲野 功
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